2022年11月、内閣主導で「スタートアップ育成5か年計画」が発表された。2027年をめどにスタートアップに対する投資額を10兆円に増やし、将来的にはスタートアップの数を現在の10倍にしようという野心的な計画だ。新たな産業をスタートアップが作っていくことへの期待が感じられる。このようにスタートアップへの注目が高まる中、『起業の科学』『起業大全』の著者・田所雅之氏の最新刊『「起業参謀」の戦略書ーースタートアップを成功に導く「5つの眼」と23のフレームワーク』が発売に。優れたスタートアップには、優れた起業家に加えて、それを脇で支える参謀人材(起業参謀)の存在が光っている。本連載では、スタートアップ成長のキーマンと言える起業参謀に必要な「マインド・思考・スキル・フレームワーク」について解説していく。
相手の文脈を知るために全身の感覚を研ぎ澄ませる
「ジョハリの窓」というフレームワークをご存じだろうか。誰もが自分自身のことをわかっているようで、「部分的にしか理解していない」ということを示している。家の窓のように、部分的にしか光が差しこまない様子から「ジョハリの窓」と言われる。
起業家は、様々なバイアスがかかった状態で物事を見ている可能性が高い。起業家との対話/メンタリングを通じて、起業家本人も気づいていないような「自分の見方」(=バイアス)に気づかせて、視座を広げたり、固定観念を矯正することができる。
それを実行するためには、傾聴力がキーになる。傾聴は英語でアクティブリスニングとも訳されるコミュニケーション技法の1つだ。
精神カウンセリングで使われていたコミュニケーション技法だったが、ビジネスシーンにおいても有効であると考えられ、近年は積極的に用いられるようになった。
傾聴の特徴は、会話をする際に相手の話をただひたすら聞き続けるのではなく、相手が伝えたい本質的なことや感情を汲み取り、主体的にその内容を把握していくことにある。
メンタリングというと、「問いかける」「アドバイスをする」というイメージが強いかもしれない。しかし、最初に心がけることは、相手の文脈を知るために全身の感覚を研ぎ澄ませることだ(耳だけでなく、目から入ってくる情報や、肌で感じる空気感など)。
私もメンタリングの最初の5分~10分は、注意深く傾聴することに集中している。またラポール形成も有効なコンセプトだ。以下に4つのテクニックを紹介するので、ぜひ身につけていただきたい。
①ラポール形成
ラポールの語源はフランス語で、もともとはカウンセリングの文脈でカウンセラーと患者の信頼関係を示す言葉であった。だが、現在ではビジネスや日常生活での人間関係の構築にも使われるようになっている。ラポールは、「お互いの心に架け橋をかける」という意味であり、共感に基づく信頼関係を指す。この関係が築かれると、コミュニケーションは心地よくなり、相手の言葉を素直に受け入れることができるようになる。
ラポールを築く方法として、以下の5つが挙げられる。
キャリブレーション:
相手の非言語的なサインを感じ取り、その心理状態を理解する技術
ペーシング:
相手の動作や言葉を取り入れながら会話を進める方法であり、相手が理解してくれていると感じさせる技術
ミラーリング:
相手の動作や表情を鏡のように模倣することで、共感や好意を伝える技術
マッチング:
相手の声のトーンやリズムに合わせることで、会話のテンポを調整する技術
バックトラッキング:
相手の言葉を繰り返すことで、しっかりと聞いていることを示す技術
これらの方法は、相手との信頼関係を築くための有効な手段として知られている。適切に使用することで、相手との関係はより深化する。
②アクティブリスニング
アクティブリスニングとは、元々臨床心理学の用語で、「積極的傾聴」とも呼ばれ、近年、ビジネスの世界でもアクティブリスニングが注目されている。マネジメントにおいて、「傾聴力」「質問する能力」などが重要とされ、アクティブリスニングはこれらの能力と関連が深い。
アクティブリスニングを実践するためには、心構えとして、「自己一致」「共感的理解」「無条件の肯定的配慮」の3つが重要になる。
自己一致:
自分の考えや価値観を飾らずに誠実に話し手に接することで、信頼関係を築く概念
共感的理解:
話し手の視点で物事を理解することで、安心感を生む姿勢
無条件の肯定的配慮:
話し手の言動や思考を評価せず、受け入れることで、安心感を提供する概念
③ノンバーバルコミュニケーションとバーバルコミュニケーション
ノンバーバルコミュニケーションは、視線の使い方や声のトーンなど、言葉以外のコミュニケーションが大切。
視線:
心理的距離を縮める効果があり、信頼関係を築くためには「そらし過ぎず、合わせすぎない」のがポイントになる。特に女性は視線が合わないと不信感を持ちやすいが、男性は視線が合いすぎると緊張しやすいとされる
トーン:
相槌のトーンは、話し手の感情やトーンに合わせることが重要で、過度な抑揚は避けるべきだ。相槌は、話し手の感情に応じて適切に調整することで、共感が伝わりやすくなる
バーバルコミュニケーションは、共感や繰り返しなど、言葉を使ったコミュニケーション技術が必要だ。共感と繰り返しは、相手の感情や話の内容を理解し、それを言葉に反映させることで、相手の感情や状況を共有する技術。たとえば、Aが初受注の喜びを表現すると、Bはそれに共感し、自身の経験を共有して応答する。
④オープンエンドクエスチョン
オープンエンドクエスチョンは、「Yes」「No」だけの答えで終わらないような質問のことである。これにより、対話がスムーズに進行し、相手が深く考える機会を提供する。特に相手が疑問や悩みを持っている時、解決策を押し付けるのではなく、質問を通じて自ら答えを見つける手助けをするのがポイントになる。
傾聴をより有効に行うために、起業家の置かれた状態を把握する必要がある。そのための重要な要素が全体を俯瞰できる知識ストックである。
たとえば、自分が、全くマーケティングに関して知見がない場合、起業家からマーケティングに関する状況や課題を共有されたとしても、表面的にしか理解できず、示唆出しは難しいだろう。
(※本稿は『「起業参謀」の戦略書ーースタートアップを成功に導く「5つの眼」と23のフレームワーク』の一部を抜粋・編集したものです)
株式会社ユニコーンファーム代表取締役CEO
1978年生まれ。大学を卒業後、外資系のコンサルティングファームに入社し、経営戦略コンサルティングなどに従事。独立後は、日本で企業向け研修会社と経営コンサルティング会社、エドテック(教育技術)のスタートアップなど3社、米国でECプラットフォームのスタートアップを起業し、シリコンバレーで活動。帰国後、米国シリコンバレーのベンチャーキャピタルのベンチャーパートナーを務めた。また、欧州最大級のスタートアップイベントのアジア版、Pioneers Asiaなどで、スライド資料やプレゼンなどを基に世界各地のスタートアップの評価を行う。これまで日本とシリコンバレーのスタートアップ数十社の戦略アドバイザーやボードメンバーを務めてきた。2017年スタートアップ支援会社ユニコーンファームを設立、代表取締役CEOに就任。2017年、それまでの経験を生かして作成したスライド集『Startup Science2017』は全世界で約5万回シェアという大きな反響を呼んだ。2022年よりブルー・マーリン・パートナーズの社外取締役を務める。
主な著書に『起業の科学』『入門 起業の科学』(以上、日経BP)、『起業大全』(ダイヤモンド社)、『御社の新規事業はなぜ失敗するのか?』(光文社新書)、『超入門 ストーリーでわかる「起業の科学」』(朝日新聞出版)などがある。