「お客様が最も喜ぶ贈り物は、高価な物ではありません」
そう語るのはアメリカン・エキスプレスの元トップ営業である福島靖さん。世界的ホテルチェーンのリッツ・カールトンを経て、31歳でアメックスの法人営業になるも、当初は成績最下位に。そこで、身につけた営業スキルをすべて捨て、リッツ・カールトンで磨いた目の前の人の記憶に残る技術を実践したことで、わずか1年で紹介数・顧客満足度全国1位になりました。
その福島さんの初の著書が記憶に残る人になるです。ガツガツせずに信頼を得る方法が満載で、「人と向き合うすべての仕事に役立つ!」「とても共感した!」「営業が苦手な人に読んでもらいたい!」と話題。この記事では、本書より一部を抜粋・編集し、リッツ・カールトン時代に学んだ「お客様が最も喜ぶ価値」の話を紹介します。(構成/石井一穂)

二流のビジネスパーソンはお客様に「高価な贈り物」をする。では、一流は何を贈る?Photo: Adobe Stock

使われなかった「2000ドルの決裁権」

 リッツ・カールトンの全従業員には「一日2000ドルまで使える決裁権」が与えられています。しかも、上司の許可なく自分の判断で使える権限です。これは、お客様トラブルの解決や、サプライズへの対応を想定したものです。

 たとえばお客様から「今日は結婚記念日」と伺ったとき、僕たちはメッセージが描かれたケーキと、ときには新しいシャンパンをお出ししていました。グラスとはいえ、ホテルでの販売価格は一杯3000円近く。普通なら上司の許可が必要です。ですが感動には賞味期限があります。わざわざ上司に許可をとっていたら、ベストなタイミングを逃してしまいます。 
 サプライズにもスピードが重要だと理解していたからこその決裁権でした。

 でも僕は、この決裁権をさほど使いませんでした。なぜならリッツ・カールトンにいらっしゃるお客様の多くは、お金をかけたサプライズよりも、ちょっとしたワガママにこたえてくれるといった「手間」に喜びを感じてくれる方が多かったからです。

経営者Yさんを感動させた「誕生日プレゼント」

 そんなお客様のなかでとくに記憶に残っているのが、病院をいくつも経営しているYさんです。いろんな名ホテルを利用しているため見る目が厳しく、「君、まだまだだな!」とご指摘いただきながらも、週に一度は通ってくれる常連でした。Yさんは決まって、あるスコッチの18年物をボトルキープして「もう1本入れておいて!」と豪快に飲んでいました。

 あるとき、Yさんの誕生日が近いと知った僕たちは「お誕生日プロジェクト」を発足させました。例の決裁権を使って派手なことをしようという案もでましたが、周りのお客様の目も気にしなくてはいけません。

 結局選んだのは、Yさんがよく使っているグラスにお名前を彫ってプレゼントするという、とてもささやかな方法でした。そこで休みの日に同僚数人と、都心から電車で1時間半ほど離れた街にある工房を訪ねました。誕生日まで日数がなく、予約なしの当日持ち込みで対応してくれるのがこの工房だけだったのです。できあがりまでに要した時間は、なんと6時間。グラスを受け取ったときには、辺りはもう真っ暗でした。

 そして訪れた、Yさんの誕生日。「いつものちょうだい」の言葉を待って、ウイスキーのボトルと例のグラスをお持ちし、「なにこれ?」と気づいてくれたところでお祝いの言葉をお伝えしました。「気に入ったよ!」くらいは言ってくれるかなと期待していましたが、結果は想定外。

 Yさんは目頭を熱くして、「本当にありがとう」と感激してくれたのです。

 帰り際、Yさんからは「あれ、作るの大変だったでしょ? 本当にありがとう」と、あらためて感謝の言葉をいただきました。

この世界で「もっとも価値のあるもの」

 Yさんとは、ホテルを辞めて10年が経った今でも、プライベートで仲良くさせていただいています。あのとき、決裁権を使って「バカラ製の高級グラス」をお渡ししても喜んでくれたことでしょう。でも、それでは感動まではしてくれなかったと思います。僕たちがかけた手間が伝わったことで、「忙しいなか、自分のためにここまでしてくれたのか」と、心が震えたのです。

 誰もが忙しく働き、生きている今の時代、もっとも価値があるのは「時間」です。
 あなたの1分は、はたして2000ドルを払えば返ってくるでしょうか?
 いいえ、100万ドルをかけたとしても、1分1秒たりとも返ってはきません。
 時間は誰もが均等に持っていて、誰もが平等にその価値を感じられるものです。

 だから時間をかけた丁寧な対応こそが、相手にお渡しできる最大の価値なのです。

 それを教えてくれたのが、リッツ・カールトンのお客様たちでした。

 効率化を追い求めず、一人ひとりのお客様と丁寧に向き合いましょう。会社からしたら「無駄」に見えることだとしても、お客様は「この人は自分のことをその他大勢ではなく、時間をかけるべき存在として見てくれている」と感じてくれます。大切に扱われていると実感して、あなたへの信頼度が増すのです。

(本稿は、『記憶に残る人になるートップ営業がやっている本物の信頼を得る12のルール』から一部抜粋した内容です。)

福島 靖(ふくしま・やすし)
「福島靖事務所」代表。経営・営業コンサルティング、事業開発、講演、セミナー等を請け負う。高校時代は友人が一人もおらず、18歳で逃げ出すように上京。居酒屋店員やバーテンダーなどフリーター生活を経て、24歳でザ・リッツ・カールトン東京に入社。31歳でアメリカン・エキスプレス・インターナショナル・インコーポレイテッドに入社し、法人営業を担当。当初は営業成績最下位だったが、お客様の「記憶に残る」ことを目指したことで1年で紹介数、顧客満足度、ともに全国1位に。その後、全営業の上位5%にあたるシニア・セールス・プロフェッショナルになる。38歳で株式会社OpenSkyに入社。40歳で独立し、個人事務所を設立。『記憶に残る人になる』が初の著書となる。