2022年11月、内閣主導で「スタートアップ育成5か年計画」が発表された。2027年をめどにスタートアップに対する投資額を10兆円に増やし、将来的にはスタートアップの数を現在の10倍にしようという野心的な計画だ。新たな産業をスタートアップが作っていくことへの期待が感じられる。このようにスタートアップへの注目が高まる中、『起業の科学』『起業大全』の著者・田所雅之氏の最新刊『「起業参謀」の戦略書ーースタートアップを成功に導く「5つの眼」と23のフレームワーク』が発売に。優れたスタートアップには、優れた起業家に加えて、それを脇で支える参謀人材(起業参謀)の存在が光っている。本連載では、スタートアップ成長のキーマンと言える起業参謀に必要な「マインド・思考・スキル・フレームワーク」について解説していく。

マクロの解像度をさらに高めるフレームワーク、STEEP分析×CTM分析Photo: Adobe Stock

STEEP分析×CTM分析

 さらに市場環境のマクロの解像度を高めるために、STEEP分析×CTM分析のフレームワークを紹介しよう。

STEEP分析とは

 先述した通り、STEEPとはSociety=社会的要因Technology=技術的要因Economics=経済的要因Environment=環境的要因Politics=政治的要因の頭文字を取っている。ぜひ、3年や5年でどのようにこのSTEEPが変化するかを、一緒に考えながら読み進めていただきたい。

 ポイントはCTM分析でお伝えした通り、それぞれの要因のサイクル・トレンド・メガトレンドを見極めることである。

 ここでは改めて、STEEP分析の項目について一つひとつ解説をしていこう。例として、観光産業におけるSTEEP分析×CTM分析の事例を書いてみる(下図)。

Society(社会)
 これは人口動態や人の嗜好性が、今後どのように変化するかを分析する領域である。特に人口動態は、事業に大きな影響を与える。今後、日本は少子高齢化で、高齢者がどんどん増えていく。あるいは、富の二極化が進行しているため、富裕層向けの商品を作るというところにチャンスがあるかもしれない。興味深い点としては、公的なデータなどを紐解いていくとSociety(社会)はある程度、予測可能であるということだ。

 こうした社会変化をいち早く察知して対応したのが、京都の抹茶の老舗・中村藤吉本店である。カフェブームが到来することを予測して、抹茶パフェを考案し、大流行。87%をカフェの売上が占めるようになり、総売上を10倍に伸ばした。

Technology(技術)
 最近では、ChatGPTの盛り上がりが記憶に新しいが、これからは自動運転やVR(仮想現実)、AR(拡張現実)、MR(複合現実)、SR(代替現実)といったXR(クロスリアリティ)などが勃興していくだろう。こうしたテクノロジーの進化の中で、どのように新たな価値を提供していくかが問われる。

 たとえば自動運転の進化により、車の中で生じた可処分時間をどうするか。現段階では、その市場がぽっかり空いているので、そこに対して何かサービスを作るという発想が思い浮かぶかもしれない。テクノロジーをトレンドとして注目して、日々情報をアップデートし、そこにどんな可能性があるかを考えることで事業アイデアが生まれていく。

 建設機器で知られるコマツは、インターネットの技術が発達する以前の2000年頃に、建機をネットワークシステムにつなぐことによって、顧客へ安心という価値を一層提供できるということに気づき、いち早く導入を図った。具体的には、重機などの部品が摩耗する前に、センサーで感知してアラートを立てて交換を促す仕組みである。これにより、UX(顧客体験)を一気に高めていくことに成功した。まだIoT(モノのインターネット)という言葉もなかった時代に、今後のテクノロジーの進化に注目してうまくいった事例といえる。

 テクノロジーの進化は、下図のようにまとめられる。現在、多様なテクノロジーが登場しているが、どの段階にあるのかということを参考までに確認しておこう。

 また、以前に紹介したガートナーのハイプサイクル(Gartner Hype Cycle for Emerging Technologies)では、3~5年後に起こる技術革新が示されている。

 これをベースにして、事業としてどのあたりにチャンスがありそうかをプロットしたのが下図だ。例として、再利用可能ロケットという着想で創業したSpaceX(スペースエックス)の事例を挙げている。SpaceXが2002年から提供するStarlink(スターリンク:高速・低遅延ブロードバンドインターネット)のユーザーが100万人を超えた2022年までをマッピングしてみた。

 テクノロジーが他の要素と異なるポイントは、一度進化したテクノロジーは後戻りをしないということだ。一度速くなったCPUは遅くなることはないし、バッテリーの容量や太陽光発電の効率性なども、年を経るごとにどんどん向上している。

 一方で、社会や政治は未来に向けて進歩しているとは言い難い場合がある(2022年のウクライナ侵攻や、ミャンマーにおける軍事政権の台頭などは、歴史の針が20世紀に戻ったような感覚を受ける)。

Economics(経済)
 顧客を取り巻く経済状況がどう変わるかという視点である。顧客が何にお金をかけるのかは、外部環境に応じて刻一刻と変わっていく。そこに着目して、どのような価格設定をするのかは非常に重要な観点だ。たとえば、コロナ禍の巣ごもり消費が伸び、サブスクサービス(書籍/動画コンテンツ/オンラインサロンなど)を利用する人が増えたが、2021年初頭をピークに下がってきているのも注目だ。

 顧客の経済状況に注目してうまくいった事例を紹介しよう。メガネスーパーは老舗の眼鏡店として知られているが、一時期、JINSやZoffなどの低価格帯の企業に押されて、経営が傾いたと言われている。しかし、2016年に再び黒字に転じた。持ち直した理由としては、平均顧客単価を3万6000円と富裕層に特化した事業を展開したことが挙げられる。Economics(経済)を的確に捉えた結果と言えるだろう。

Environment(環境)
 環境については、近年かなり注目されている。今後、環境にいいものを意識的に選んで購入する人がどんどん増えていくだろう。これからは一層、消費行動はその会社や事業に賛同しているということを意味するようになっていく。

 こうしたトレンドを捉えて、マザーハウス(「途上国から世界に通用するブランドをつくる」が理念)は「RINNE」という「輪廻転生」からネーミングしたブランドを立ち上げた。RINNEは使われなくなったレザーのカバンや生産過程で出るレザーの端材を再利用して、リメイクバッグを製作している。また、Apple(アップル)も「Environmental Progress Report」を出しており、ここにはAppleの製品がカーボンニュートラルの目標を達成していることが記されている。

 こうした環境変化を捉えた事例を多く把握しておくことが、今後、起業参謀として新規事業の支援をする際に有効となっていくだろう。

Politics(政治)
 PはPolitics(政治)だ。これは、規制緩和や条例変更のことを指す。法改正などで規制緩和がなされれば、規制産業は大きなチャンスを掴むこととなる。規制産業の場合は、エンドユーザーが不便を強いられることが少なくない。そこで、テクノロジーを駆使し、カスタマーファーストを実現するような企業が登場すれば、一気にオセロの四隅を取るように、市場を席巻できる。

 こうした規制緩和の波に乗った事例として、セブン銀行が挙げられる。セブン銀行は、初めてコンビニにATMを置いた銀行だ。1999年の金融ビッグバンと呼ばれる規制緩和により、銀行ライセンスが取れるようになったのを契機にシェアを伸ばした。言うまでもないが、コンビニにATMを置く利便性はユーザーに広く認められ、一気に規模を拡大した。

 STEEP分析とCTM分析を掛け合わせることで、事業の確度を正確に捉えることができる。いっときバズっているだけのものなのか、大きなメガトレンドに乗るものなのかでは大きな違いだ。

たとえば、タピオカブームがあったが、あれを長期に続くトレンドだと思って仕掛けると痛い目にあってしまう。ファッションや飲食は、何年かに1回は流行っては廃れるというサイクルがある。このあたりを読み間違えないことが新規事業においては大切だ。

起業参謀の視点

 ・自分たちがターゲットとしている市場/領域における、規制/法律の動きを押さえているか?
 ・規制/法律の動きがある予兆(政府主導のワーキンググループの立ち上げなど)を押さえて、準備ができているか?
 ・消費者や起業の指向性や嗜好の変化を捉えて、先回りして「刺さりそうなUX/プロダクトアイデア」を実装できているか?
 ・経済の動きを読んで、然るべきターゲットセグメントのポケット(予算・可処分所得)の獲得を画策できているか?
 ・テクノロジーの大きな潮流を読み解いて、「ハイプ期」「幻滅期」「成熟期」を見極め、それに合わせた投資ができているか?

(※本稿は『「起業参謀」の戦略書ーースタートアップを成功に導く「5つの眼」と23のフレームワーク』の一部を抜粋・編集したものです)

田所雅之(たどころ・まさゆき)
株式会社ユニコーンファーム代表取締役CEO
1978年生まれ。大学を卒業後、外資系のコンサルティングファームに入社し、経営戦略コンサルティングなどに従事。独立後は、日本で企業向け研修会社と経営コンサルティング会社、エドテック(教育技術)のスタートアップなど3社、米国でECプラットフォームのスタートアップを起業し、シリコンバレーで活動。帰国後、米国シリコンバレーのベンチャーキャピタルのベンチャーパートナーを務めた。また、欧州最大級のスタートアップイベントのアジア版、Pioneers Asiaなどで、スライド資料やプレゼンなどを基に世界各地のスタートアップの評価を行う。これまで日本とシリコンバレーのスタートアップ数十社の戦略アドバイザーやボードメンバーを務めてきた。2017年スタートアップ支援会社ユニコーンファームを設立、代表取締役CEOに就任。2017年、それまでの経験を生かして作成したスライド集『Startup Science2017』は全世界で約5万回シェアという大きな反響を呼んだ。2022年よりブルー・マーリン・パートナーズの社外取締役を務める。
主な著書に『起業の科学』『入門 起業の科学』(以上、日経BP)、『起業大全』(ダイヤモンド社)、『御社の新規事業はなぜ失敗するのか?』(光文社新書)、『超入門 ストーリーでわかる「起業の科学」』(朝日新聞出版)などがある。