サステナビリティ経営を掲げる企業が増える中で、「循環経済」(サーキュラーエコノミー)という言葉がよく聞かれるようになった。だが、循環経済というと「3R」(リデュース、リユース、リサイクル)、極論すればゴミ対策の一環として語られることが少なくない。つまり、環境汚染問題としてとらえる人がほとんどだ。だが、循環経済の根底には、「資源枯渇」「資源調達」という問題も潜んでいる。ゆえに、経済・産業の問題としてとらえるべきなのである。
背景は極めてシンプルだ。大量生産・大量消費・大量廃棄による「線形経済」(リニアエコノミー)を続けた結果が、環境汚染と資源枯渇という世界的に深刻な2大問題を招いてしまった。このような外部不経済は、内部経済のみの追求がもたらした当然の帰結だといえる。1972年にローマクラブのメンバーだった環境学者のデニス・メドウズらが書いた人類の未来研究の報告書『成長の限界』(ダイヤモンド社、1972年)で描かれた世界が、現実のものとなったのである。
にもかかわらず、「宇宙船地球号」の乗組員は増え続けている。『国連世界人口白書2024』によると、2024年の世界人口は81億1900万人、前年に比べて7400万人増加したことがわかる。今後もさらに増え続けることは必至で、2058年頃にはついに100億人に達すると予想される。「ジャパン・アズ・ナンバーワン」といわれた時代の2倍以上の人口になる計算だ。
日本では少子化が問題となる一方で、世界全体では人口は爆発的に増加している。先進国はどうやって豊かな社会を継続し、途上国はどうすれば貧困から抜け出すことができるのか。しかしこの時、すでに起きている環境問題によって、使用できる資源は限られているという現実が立ちはだかる。宇宙船地球号という閉鎖空間の中で、急増する人類が限られた資源を効果的、効率的に活用していくにはどうすればよいのか──。
「この難問を解決する策は、いまのところ循環経済以外に見つかっていない」と語るのは、ビジネスモデル研究の第一人者である妹尾堅一郎氏である。大量生産・大量消費・大量廃棄をベースとする線形経済から、極小生産・適小消費・無廃棄という循環経済への経済モデルのパラダイムシフト、つまりは「買い替え経済」から「使い続けの経済」への転換が不可欠であるという。
しかしながら、モノ消費ありきの現在の線形経済下では、「使い続けのモノづくり」→「モノが売れなくなる」→「業績悪化」を意味する。メーカーはもちろん、サプライチェーンに携わるすべての企業にとって“不都合な真実”であり、モノづくりとモノ売りのあり方を根底から変えることから、思考停止に陥りかねない。モノが売れなくなる循環経済下で、企業はどうやって稼いでいけばよいのか。まさにビジネスモデルの大転換を迫られているのである。
これに関して妹尾氏は、「循環経済は未到の領域ゆえにブルーオーシャン、ビジネスチャンスの宝庫だ。循環経済に適したビジネスを実装するには価値モデルの刷新が不可欠だが、それは必然的にイノベーションとなることに気づくべき。イノベーション創出が日本の課題だとするならば、循環経済と組み合わせて考えることがいまこそ必要だ」と説く。循環経済というビジネスモデル大乱世を生き抜くための処方箋を、2号にわたって妹尾氏が詳しく解説する。
世界で台頭し始めた
修理する権利
編集部(以下青文字):循環経済の本格到来を象徴する世界的事例として妹尾先生が取り上げているのが、アップルの「iPhone14」です。2022年秋に発売されたこの製品は、前モデルiPhone13と機能面ではほとんど変わらなかったものの、驚くべきはふたを開けた中身、つまりはアーキテクチャー(構造)にあると指摘されています。多くの人が知らない、iPhone14の「本当の怖さ」について教えてください。
妹尾(以下略):私がiPhone14から受けた衝撃の核心は、「修理しやすい」アーキテクチャーに変わっていたことです。また、修理を歓迎するサービスも強化されていました。
妹尾堅一郎
KENICHIRO SENOH慶應義塾大学経済学部卒業後、富士写真フイルム(現富士フイルムホールディングス)勤務を経て、英国国立ランカスター大学経営大学院博士課程満期退学。産業能率大学助教授、慶應義塾大学大学院教授、東京大学先端科学技術研究センター特任教授、一橋大学大学院MBA客員教授のほか、九州大学や長野県農業大学校等で客員教授を歴任。現在も東京大学で大学院生や社会人を指導。また、企業研修やコンサルテーションを通じて、イノベーションやビジネスモデル、新規事業開発等の指導を行っている。内閣知的財産戦略本部専門調査会長、農林水産省技術会議委員、警察庁政策評価研究委員等を歴任。日本知財学会諮問委員(前理事)。CIEC(コンピュータ利用教育学会)終身会員・前会長。研究・イノベーション学会参与(前副会長)。現在、日本生産性本部で「循環経済生産性ビジネス研究会」座長。そのほか、省庁や公的機関の委員、複数の企業で社外取締役を兼務。著作に『技術力で勝る日本が、なぜ事業で負けるのか』(ダイヤモンド社、2009年)、『社会と知的財産』(放送大学教育振興会、2008年)、『グリッド時代 技術が起こすサービス革新』(アスキー、2006年)、監訳『プラットフォーム・レボリューション』(ダイヤモンド社、2018年)などがある。
多くのユーザーがスマートフォンを買い替える大きな理由の一つが、バッテリーの劣化です。本体に故障があるわけでもなく、たとえ機能や性能に不満がなくても、買い替えを余儀なくされている。もちろんiPhone13以前もバッテリー交換のサービスはありましたが、本体を正規のサービスプロバイダーやアップルストアに長いこと預けなければなりませんでした。しかし近頃は、予約さえすれば店頭にて短時間で交換ができるようになった。私も即、バッテリーを取り替えたほどです。
では、この事象が意味することは何か。それはアップルのビジネスが「買い替え」から「使い続け」へと、その比重を変えたことです。そして、この背景にあるのが「資源調達」です。スマートフォンやPCは、レアアースなどのクリティカル・マテリアルの塊ですので、それらを確保するために自社製品の回収と再生資源の利用を進めているのです。実は2016年から、iPhoneを部品と部材に分解するロボットも導入しています。そのロボットは日本製です。すでに十数台がアップルの工場で稼働していると聞きます。
新型モデルへの買い替え需要で成長してきたアップルにとって「使い続け」へのシフトは、iPhoneのようなドル箱を手放すことになりかねません。むしろモノづくりから脱却してサービスモデルへとシフトするという、大胆な「モノ無くし」へと向かっていく可能性もあるのでしょうか。
もちろんアップルも一足飛びに使い続けへ転換するわけではないでしょう。PCのMacからiPod、iPhoneへと主力商品を移してきたように、次なる柱として「AIを活用したビジネス」を探索している段階のように見えます。
ただし、アップルのイノベーションのDNAを考えれば、従来の多様な品種品目を「これ一台」で一気に取って代わるというやり方ではないでしょうか。iPhoneが電話やPC、カメラを統合した新たなポジションを確立したこと、テレビやCDプレーヤーや文具に至るまで多くの品種・品目を不要にしたことなどから、次なるアップルのビジネスも多くのモノやサービスを淘汰する画期的な勝ちモデルを狙ってくると思われます。
ところで、ドル箱のiPhoneといえども使い続けへと舵を切らなければならなくなった背景には、資源調達以外にもう一つの理由があります。それが、ユーザーの「修理する権利」です。日本ではあまり知られていませんが、欧州委員会(EU)では2024年2月に消費者が家電製品を修理する権利を認め、一つの製品をより長く使える環境整備を企業に義務付ける法案に大筋合意しました。EU加盟国は2年以内に国内法に反映させる予定です。スマホや掃除機、洗濯機、冷蔵庫など、法令で定めた製品が対象となり、メーカー保証期間以降も何らかの形で修理できる仕組みを整えることが求められます。もちろん欧州に進出する日本メーカーも対象です。
またEUに限らず、アメリカにおいても、40以上の州で修理する権利に関する州法の整備が進んでいます。その対象はバスやトラックなどの業務用車両にまで及んでいると聞きます。背景はわかりやすく、世界的な半導体不足で新車製造が難しくなったことから、現行車両を修理して長く使い続けざるをえなくなったからです。公共交通機関を含めて制度を変えるといった動きは、今後世界中に広がるでしょう。
ちなみにアップルは、修理する権利の台頭に応えて、2022年春からアメリカで、その後は欧州20カ国以上で、セルフ修理サービス「Self Service Repair」を開始しています。ユーザーが自力でiPhoneやMacBookなどの修理ができる修理ツールキットの販売やレンタルです。修理マニュアルはウェブサイトで無料公開されています。残念ながら、日本ではまだこのサービスは解禁されていません。電波を発する機器を使用するには国が定める技術基準適合証明を受ける必要があり、メーカーまたは認定修理業者しか修理をすることが認められていないからです。今後規制緩和が進めば、日本でもこのセルフ修理サービスが開始されるかもしれません。
このように「資源調達」や「修理する権利」などの世界的潮流を前に、アップルをはじめ、モノを扱う大企業の事業ポートフォリオの変革が始まっています。私にとってiPhone14の衝撃は、「使い続け」が循環経済の核心であり、その循環経済が本格到来していることを実感させるのに、十分なものでした。