多くの企業で「1on1」が導入されるなど、職場での「コミュニケーション」を深めることが求められています。そのためには、マネジャーが「傾聴力」を磨くことが不可欠と言われますが、これが難しいのが現実。「傾聴」しているつもりだけれど、部下が表面的な話に終始したり、話が全然深まらなかったりしがちで、その沈黙を埋めるためにマネジャーがしゃべることで、部下がしらけきってしまう……。そんなマネジャーの悩みを受け止めてきた企業研修講師の小倉広氏が、心理学・心理療法の知見を踏まえながら、部下が心を開いてくれる「傾聴」の仕方を解説したのが『すごい傾聴』(ダイヤモンド社)という書籍。「ここまでわかりやすく傾聴について書かれた本はないだろう」「職場で活用したら、すぐに効果を感じた」と大反響を呼んでいます。本連載では、同書から抜粋・編集しながら、現場で使える「傾聴スキル」を紹介してまいります。
コミュニケーションを台無しにする「投影」とは?
私たちは、自分の中にあるものしか、相手の中に見つけることができません。
例えば、「いつもポジティブであらねばならない、ネガティブは悪いことだ」という「信念価値観」をもっている人は、相手のネガティブさに過剰反応し、ポジティブに導こうとしてしまいます。しかも、それが当然のことだと思っているので、自分がしている「誘導」に気づけません。
これを、心理学用語で「投影」と言います。
「投影」とは、自己の中にある否定的な要素を、他者の属性であると相手に投げつけることで、自分自身は安定するというフロイトが提唱した防衛機制の一つです。
すべての人間がこれと無縁ではいられません。大事なのは、自分の中に「いつもポジティブであらねばならない」という「信念価値観」があることと、そんな自分の中にも「(本当は)ネガティブが存在すること」を認めること。つまり、素の自分でい続けること。それができていないと、ネガティブさを相手に投げつけて「あなたはネガティブだ。ポジティブにならなければならない」という過剰反応が起き、コミュニケーションがうまくいかなくなってしまうのです。
なぜ、人は「決めつけ」てしまうのか?
私が登壇した「傾聴」に関する研修で、部下役の方が「どうもやる気が起きないのです……」と話しているにもかかわらず、上司役の方は「やる気が起きないけれど、前向きにやる気を出そうとしているのですね?」と決めつけるというワンシーンがありました(こういうことは意外と多いものです)。しかも、相手が一言も話していないことを、自分が無意識で伝え返したことに気づいてすらいなかったのです。
私の目には、上司役の方は無意識のレベルで「人間はポジティブであるべき」という「信念価値観」をもっているために、(本当は)自分の中にも(少しは)ある「やる気がない」という気持ちを認めることができず、そうであるがゆえに、相手を無理やり「やる気を出そうとしている」と誘導したようにしか見えませんでした。
これこそ、まさに「投影」です。人は自分の中にある「信念価値観」に反するものを相手の中に見つけると、そこに過剰に反応しスポットライトを当ててクローズアップします。そして、自分の中にある「信念価値観」を、相手も持っているものと決めつけて話を進めてしまいがちです。
そうすることで、「(本当は)自分の中にも(少しは)ある「やる気がない」という気持ち」から目を逸らそうとするのです。そして、このような反応をしてしまうのは、自分の中にそのような「信念価値観」があることに気づけていないからなのです。
このように、人は無自覚な「信念価値観」には過剰に反応し固執しがちですが、「自分にはそのような信念価値観がある」「自分は信念価値観に背く要素を持っている」と自覚できていると、そこから適切な距離を取ることが可能になり、反応が穏やかになります。そうすれば、話し手の「信念価値観」を勝手に決めつけたり、誘導しようとしたりせずに済むようになるのです。
なぜ、人は「押し付けて」しまうのか?
これは、「感情」についても同じです。管理職研修で傾聴の練習を繰り返していると、聴き手役の人が普段から繰り返し使っている「感情」を話し手に押しつけてしまう場面に出くわします。
例えば、こんな感じです。
話し手 「お客さんが間違った操作をしてしまったので、『不安』になりました」
聴き手 「お客さんが間違った操作をしたから、『イラッと怒り』を感じたのですね」
話し手は「不安になった」と言っているのに、聴き手は「イラッと怒りを感じた」と無意識にすり替えてしまっているのです。このことから、この聴き手が、普段から「怒り」という感情を繰り返し使っていることが容易に想像できるわけです。
たくさん「傾聴」してもらって、自分を知ることが大事
このような「投影」は誰にでも起こりえることです。
ですから、私たちカウンセラーは、知らず知らずのうちに行なっている「投影」を自覚するために、自らカウンセリングを100時間以上受けることを求められています。それができていないカウンセラーは、先ほどのような失敗をしてしまうからです。
もちろん、一般のビジネスパーソンにそんなことをしている時間的余裕はありません。しかし、「投影」から距離を置き、相手とよいコミュニケーションをとるためには、信頼できる人物にたくさん「傾聴」をしてもらうことで、自分が固執しがちな「信念価値観」や「感情」に自覚的になることが大切だと思います。
(この記事は、『すごい傾聴』の一部を抜粋・編集したものです)
企業研修講師、心理療法家(公認心理師)
大学卒業後新卒でリクルート入社。商品企画、情報誌編集などに携わり、組織人事コンサルティング室課長などを務める。その後、上場前後のベンチャー企業数社で取締役、代表取締役を務めたのち、株式会社小倉広事務所を設立、現在に至る。研修講師として、自らの失敗を赤裸々に語る体験談と、心理学の知見に裏打ちされた論理的内容で人気を博し、年300回、延べ受講者年間1万人を超える講演、研修に登壇。「行列ができる」講師として依頼が絶えない。
また22万部発行『アルフレッド・アドラー人生に革命が起きる100の言葉』(ダイヤモンド社)など著作48冊、累計発行部数100万部超のビジネス書著者であり、同時に心理療法家・スクールカウンセラーとしてビジネスパーソン・児童・保護者・教職員などを対象に個人面接を行っている。東京公認心理師協会正会員、日本ゲシュタルト療法学会正会員。