多くの企業で「1on1」が導入されるなど、職場での「コミュニケーション」を深めることが求められています。そのためには、マネジャーが「傾聴力」を磨くことが不可欠と言われますが、これが難しいのが現実。「傾聴」しているつもりだけれど、部下が表面的な話に終始したり、話が全然深まらなかったりしがちで、その沈黙を埋めるためにマネジャーがしゃべることで、部下がしらけきってしまう……。そんなマネジャーの悩みを受け止めてきた企業研修講師の小倉広氏が、心理学・心理療法の知見を踏まえながら、部下が心を開いてくれる「傾聴」の仕方を解説したのが『すごい傾聴』(ダイヤモンド社)という書籍。本連載では、同書から抜粋・編集しながら、現場で使える「傾聴スキル」を紹介してまいります。

「深い対話」をぶち壊しにしている、何気ない一言・ワースト1写真はイメージです Photo: Adobe Stock

人の話を聴くときに、絶対にやってはいけないこと

 相手の話を「傾聴」するときに大切なのは、話し手が無意識的に、意味をボカした曖昧な表現をしたときに、それを明晰にくっきりとさせることです。そうすることによって、話し手が「自分の本心」に気づくことができるようになる。それこそが、「傾聴」のもたらす本質的な効果なのです。

 しかし、多くの聴き手は、話し手が表現したたことを逆に曖昧にぼかしてしまう傾向があります。その典型が、相手の話を「パターンに当てはめる」ことです。これを心理学の言葉では「一般化」と言います。例えば次のようなやりとりです。

話し手「今年で、営業の仕事も3年が過ぎ4年目になります。最近、ちょっとモチベーションが下がり気味なので、もうちょっとネジを巻き直したいな、と思っています」
聴き手「あぁ、それはマンネリだね。3年もやると慣れて飽きてくる。私もそうでしたよ」

 聴き手が口にした「マンネリ」「慣れ」「飽き」という言葉が、いわゆる「一般化」です。話し手は「営業の仕事も3年が過ぎ4年目になり、ちょっとモチベーションが下がり気味」と言いましたが、その「真意」を確認することもなく、聴き手は勝手に「マンネリ」「慣れ」「飽き」という、ある種の「パターン」に当てはめてしまっています。このように、本当は、話し手独自の個別的な「体験」であるにもかかわらず、「パターン」や「慣用句」などにグルーピングすることで、その他大勢と同じ「一般的な体験」として決めつけてしまうのです。

 これでは、話し手独自の「体験」をリスペクトしているとは言えませんし、個別的で独特な話し手の「体験」を曖昧にしてしまいます。これでは、話し手は心を開くことができず、「深い対話」にはなることはありえないでしょう。それを「傾聴」は言えないのです。

「どのように?」と質問する

 では、先のやりとりを一般化せず、個別化して傾聴するにはどうしたらいいのでしょうか? それは「どのように?」と質問することです。

 例えば、「モチベーションが下がり気味なのですね。どのように下がっているのでしょうか?」と聴いたら、「うーん。以前はお客さんの満足だけを考えていればよかったのですが、最近は後輩の育成も求められて……正直、そこにはあまりやりがいを感じられないのです……」と返ってくるかもしれません。これは明らかに「マンネリ」「慣れ」「飽き」ではありません。

 あるいは、「営業の成績がそれなりに残せたので、上司から頼りにされるようになりました。しかし、本当は私はエンジニアになりたかったのです。でも人事から『まずは営業を体験することが近道』と説得され、それならば、と引き受けたのです。このままずっと営業を続けるのであれば、転職も視野に入れなければ……」という答えが返ってくるかもしれません。

 どちらも明らかに「マンネリ」「慣れ」「飽き」ではありません。にもかかわらず、聴き手が勝手に「一般化」して理解したつもりになっているようでは、相手と深いコミュニケーションなどとれるわけがないのです。

「わかるわかる」と言ってはならない

 2011年、2万2000名以上もの方が亡くなった東日本大震災の数週間後、僕はがれき処理のボランティアで10日間ほど岩手県を訪れたことがあります。その時、隊長が僕たちに対して、このような注意喚起をしました。

「皆さん、もし被災者の方が『津波で父親を失いました』と話された時に、決して『わかるわかる』と言わないでください。『私も父親を癌で亡くしたのでわかります』(一般化)と言わないでほしい。津波で家族を亡くす体験と、病気で家族を失う体験は、まったく違う(個別化)のです。それだけは気をつけてください」

 すべての体験は「独自」で「特別」です。その個別性を無視して、「わかるわかる!」と一般化して、理解したふりをするのは傾聴ではありません。相手の体験・経験には個別性があることを認識することこそが、相手をリスペクトすることであり、それが「本物の傾聴」へとつながっていくのです。

(この記事は、『すごい傾聴』の一部を抜粋・編集したものです)

小倉 広(おぐら・ひろし)
企業研修講師、心理療法家(公認心理師)
大学卒業後新卒でリクルート入社。商品企画、情報誌編集などに携わり、組織人事コンサルティング室課長などを務める。その後、上場前後のベンチャー企業数社で取締役、代表取締役を務めたのち、株式会社小倉広事務所を設立、現在に至る。研修講師として、自らの失敗を赤裸々に語る体験談と、心理学の知見に裏打ちされた論理的内容で人気を博し、年300回、延べ受講者年間1万人を超える講演、研修に登壇。「行列ができる」講師として依頼が絶えない。
また22万部発行『アルフレッド・アドラー人生に革命が起きる100の言葉』(ダイヤモンド社)など著作48冊、累計発行部数100万部超のビジネス書著者であり、同時に心理療法家・スクールカウンセラーとしてビジネスパーソン・児童・保護者・教職員などを対象に個人面接を行っている。東京公認心理師協会正会員、日本ゲシュタルト療法学会正会員。