世界に多大な影響を与え、長年に渡って今なお読み継がれている古典的名著。そこには、現代の悩みや疑問にも通ずる、普遍的な答えが記されている。しかし、そのなかには非常に難解で、読破する前に挫折してしまうようなものも多い。そんな読者におすすめなのが『読破できない難解な本がわかる本』。難解な名著のエッセンスをわかりやすく解説されていると好評のロングセラーだ。本記事では、ウィリアム・ジェイムズの『プラグマティズム』を解説する。
哲学は、人間がいてもいなくても変わらない「絶対的な真実」を追い求めてきた。でも、これを180度ひっくり返して、「結果の有用性」から真理について考えた。そんな哲学がアメリカのプラグマティズム。結果がよければすべてよし?
実際的に効果を生むことが「正しい」?
ジェイムズの著書『プラグマティズム』では、従来の哲学と方向性を逆転した独特の主張がなされています。
近代までの哲学は、どこかに真理がすでに存在していて、人間がそれを正しくつかみ取るという図式が主流でした。
ところがジェイムズによると人間は「気質」によって、思想を選び取ってしまうというのです。
本書では、人間の諸特性を「柔らかい心の人」と「硬い心の人」として二段階で書き表されています。
「世界は一であるか多であるか?」「宿命的なものであるか自由なものであるか?」「世界は物質的か精神的か?」など対立する思想がありましたが、このような論争を根こそぎ解決するのがプラグマティズムの哲学です。
ジェイムズは、「観念または理論の意味を結果によって決定する」という方法を用います。重要なことは観念や理論の本質ではありません。むしろ「結果」こそが本質とされます。
そうなると、対立する見解も実際的には、どっちも同じものだということになります。
「酵母によってパンをふくらませるときに妖精がふくらませている、いやエルフがふくらませていると主張しあっている」(同書)のと同じレベルの話なのです。
過去の哲学上の問題もこのような架空の内容だったというのです。よって、真なる観念・理論とは、私たちが自分のものとして受け入れ、有効と認め、確認し、検証できることでなければなりません。
常にあらゆる学説は「実際的な効果」から考え直され、変更されることになります。
正しいことは「ひとそれぞれ」
プラグマティズムの哲学は、何かを主張するのではなく、世界の謎を解くためのツール的な哲学ということになります。
もともとパースが、結果から観念を明晰にするというプラグマティズムを創始したのですが、ジェイムズはこれをポジティブ哲学までに高め上げました。
私たちが、何かの意味を決定する場合、個人の好みや満足感などでその判断は変わってきますので、ジェイムズのプラグマティズムは多元論的になります。
つまり、正しいことは「ひとそれぞれ」という相対主義になるのです(それも、それぞれの正しさが、かなり強い相対主義です)。
たとえば、ある宗教を信じて結果的に効果があれば、その宗教は真理ということになります。逆に効果がなければやめればよいのです。
それも、その人が神を信じている場合、単に信じているだけ(勘違いのようなもの)というわけではなく、本当に神が実在することになるのです。もちろん、神を信じなければそれは本当に存在しません(多元論的)。
「真理が尊ばれるのは、それが有用な手段であるからにほかならない……真理は善の一種である」(同書)
「もし神学上の諸観念が具体的生命にとって価値を有することが事実において明らかであるならば、それらの観念は、そのかぎりにおいて善である」(同書)
ジェイムズによると、真理であったり虚偽であったりするのは、事実に関する命題であって事実そのものではないからです。
私たちは、頭のなかにある命題しか理解できません。外部に存在する「それそのもの」(実体)を知ることはできません。
ジェイムズの哲学は、現代における「信念を強くもつと現実化する」というビジネス的な思想にも影響を与えているでしょう。
ジェイムズも行動する前に、「必ずうまくいく」という信念をもつべきだと説いています。大いに活用しましょう。
富増章成(とます・あきなり)
河合塾やその他大手予備校で「日本史」「倫理」「現代社会」などを担当。
中央大学文学部哲学科卒業後、上智大学神学部に学ぶ。
歴史をはじめ、哲学や宗教などのわかりにくい部分を読者の実感に寄り添った、身近な視点で解きほぐすことで定評がある。
フジテレビ系列にて深夜放送された伝説的知的エンターテイメント番組『お厚いのが、お好き?』監修。
著書『21世紀を生きる現代人のための哲学入門2.0 現代人の抱えるモヤモヤ、もしも哲学者にディベートでぶつけたらどうなる?』(Gakken)、『日本史《伝説》になった100人』(王様文庫(三笠書房))、『図解でわかる! ニーチェの考え方』、『図解 世界一わかりやすい キリスト教』『誰でも簡単に幸せを感じる方法は アランの『幸福論』に書いてあった』(以上、KADOKAWA)、『超訳 哲学者図鑑』(かんき出版)、『オッサンになる人ならない人』(PHP研究所)、『哲学の小径―世界は謎に満ちている!』(講談社)、『空想哲学読本』(宝島社文庫)など多数。
【著者からのメッセージ】
私たちはなぜ本を読むのでしょうか。それは「本は人類が積み上げてきた叡智のアーカイヴだから」です。本は、人に知識や喜怒哀楽すべての豊かな経験を与えてくれる存在です。ときに読んだ人の人生を変えてしまう本だってあるでしょう。
この本で紹介しているのは、本のなかでも特に多くの人に読み継がれていたり、あるいは数千年という時を経ても今なお読まれている本、つまり「名著」です。
「名著」にはそう呼ばれるだけの理由があります。たとえば多くの人が今悩んでいることのほとんどは、この長い歴史上で誰かがすでに徹底的に考えていることです。紀元前という昔に遡っても、人間はやはり人間なのです。だから、もしあなたに悩みや、疑問に感じていることがあるなら、それらの答えのヒントはほぼ「名著」のなかにあるのです。
「目標がないし、やる気も出ない」「思考が乱れて集中できない」「健康なのに、なぜか疲れを感じる」「勉強したいが、どこから何をしたらいいのかわからない」「働いても働いても、楽にならないのはなんでだろう」「歳をとってきて、だんだん楽しみが減ってきた」
そんな悩みは、この本で紹介する「名著」のエッセンスを手に入れればたちまち解決するはずです。自分で思い悩むよりずっと気分が晴れること、請け合いです。
ところで、「名著」の多くは、とても難解で、それでいて分厚いものが多いです。しかし、名著が難解なのには、実は理由があります。分厚い古典的「名著」は、その時代背景と常識を前提として書かれているので、多くの場合、現代の私たちにとっては説明不足なのです。また、その学問世界の専門用語を「知ってるんでしょ?」という前提のもとに書かれていますから、こっちはわかるわけがない。
「名著」は、下手をすると一冊をしっかりと理解するのに20年以上かかります(それでも、さらに疑問は増えていきます)。普通に生きて普通に暮らしている私たちには、そんな時間はありません。つまり、「名著」とは基本的に「読破することができない本」なのです。
人生は短い。だからこそ「名著」をまず、おおざっぱに理解して、興味が出たら原典にあたればよいのです。この本では、古今東西の「名著」のうち哲学から心理学、経済学まで選りすぐった60冊のエッセンスをイラストとともにわかりやすく解説していきます。
※収録した60冊は、『ソクラテスの弁明』(プラトン)、『方法序説』(デカルト)、『実践理性批判』(カント)、『現象学の理念』(フッサール)、『歴史哲学講義』(フッサール)、『ツァラトゥストラはこう言った』(ニーチェ)、『存在と時間』(ハイデガー)、『存在と無』(サルトル)、『自由からの逃走』(フロム)、『社会契約論』(ルソー)、『資本論』(マルクス)、『論理哲学論考』(ウィトゲンシュタイン)、『グーテンベルクの銀河系』(マクルーハン)、『ポストモダンの条件』(リオタール)、『複製技術時代の芸術』(ベンヤミン)、『アンチ・オイディプス』(ドゥルーズ&ガタリ)、『21世紀の資本』(ピケティ)など。
もちろん原典と比べてその情報量は雲泥の差です(本書の場合、500ページ以上ある本も見開き4ページにまとめているのだから)。でも、なんにも読まないよりずっといいでしょう? そう思いませんか。分厚い本を一冊買って、読まないで部屋に飾っておくより、本書を電車の中で読んだほうがよいのではないでしょうか。
必ずしも時代順になっていないので、どこから読んでもOKです。パラッとめくって、全体を眺め、どんなふうに自分の役に立ちそうかを考えます。それぞれの本は、関連を他のページとリンクしてあります。つながりの意味については、本書の冒頭に収録した「ひと目でわかる名著の関連図」を参照してください。
ぜひ本書を活用して、自由な思考法を手に入れて、人生の難問解決をはかり、明日に向かって進んでください。きっと、すばらしい未来が広がっていくことでしょう。