世界に多大な影響を与え、長年に渡って今なお読み継がれている古典的名著。そこには、現代の悩みや疑問にも通ずる、普遍的な答えが記されている。しかし、そのなかには非常に難解で、読破する前に挫折してしまうようなものも多い。そんな読者におすすめなのが『読破できない難解な本がわかる本』。難解な名著のエッセンスをわかりやすく解説されていると好評のロングセラーだ。本記事では、スピノザの『エチカ』を解説する。

読破できない難解な本がわかる本Photo: Adobe Stock

デカルトの哲学では、心と身体は別の実体だった。スピノザはこれを一つにして、「自然(神)」と考えた。すべての精神と物体は、「自然(神)」というエネルギー体の異なった現れだったのだ。これを明晰に説明するためにスピノザはユークリッド幾何学の方法を使って説明した。

幾何学によって世界を説明するユニークな書

 オランダの哲学者スピノザは、斬新な方法で緻密な哲学体系をつくりあげました。

 彼はデカルト以降に残された精神と身体の心身問題、機械論と自由、幾何学的精神と宗教的精神などの分裂をすべて統合することを目指したのです。

『エチカ』は、ユークリッド幾何学の体系にならっており、定義、公理、定理という形の体系で表現されています。

 たとえば、定理として「神、すなわちそのおのおのが永遠・無限の本質を表現する無限に多くの属性からなりたつ実体は、必然的に存在する」をおきます。

 そして、その証明を数学のように続けます。

 デカルトが、哲学に数学の手法を取り入れたわけですが、スピノザは、さらにユークリッド幾何学そのままの形式を哲学に導入したのです。

「【証明】(神が存在する)これを否定する人は、もしできれば神が存在しないと考えなさい。そうすれば、公理七『存在しないと考えられるものは、その本質が存在を含まない』より、神の本質には存在が含まれないことになる。しかし、このことは定理七『実体の本性は存在することである』より不条理である。ゆえに神は存在する。証明終わり」(同書第一部)

『エチカ』では、このような証明が延々と続いています。この書によれば、神は唯一の実体であり、その本質は思惟(精神)と延長(物体)の属性をもちます。

 思惟(精神)と延長(物体)は神の現れ方の違いに過ぎません。たとえれば、海の水が様々な波の形となって表現されるようなことでしょう。

過去を後悔しても無意味だ

 汎神論(一元論)では、すべての存在が一つのものの別な表現となりますので、精神と物質の両者の間の対応関係が説明しやすくなります。

 つまり、「歩こう」(精神の働き)と思えば、「歩ける」(身体・物体の働き)というシンクロ現象は、根源的な実体が2つの方向で表現されているのです。

 根本的に一つの原理が多様な現れ方をするという見解は、現代の物理学に通じるところがあります。

 ところで、神(=自然)はなんら目的をもって活動しているわけではなく、必然的な動きをしています。

 これは「機械論的世界観」と呼ばれます。この説ではすべてが原因と結果でつながっているので、出来事はすべて決まっていることになります(決定論)。

 そうなると、世界の出来事はすべて決定しているのですから、現在の世界以外の世界のあり方は存在しません。

 そして、未来もまたすべてが決定しているのです。これは、世界全体がドラマのように完結しているということなのです。私たちは時間の流れで、それを垣間見ているのです。

 ということは、この世界観によれば、私たちが「もし、あのとき……だっタラ」「もし、あのとき……していレバ」と後悔することに意味がないことになります。

 さらに、人生に自由がないことを意味します。「投げられた石が自分で自由に飛んでいると思っているだけ」(同書)なのです。

 この説を真に受けると、人生に意味がないような失望感に襲われるかもしれません。でも、実はそうではありません。

『エチカ』によると、「世界に自由がないということを知ることが自由」なのだというのです。

 なにか後悔しそうになったときは、自分自身が宇宙の一つの波動のようなものだとイメージして、現在のあり方を受け入れます。

 そして、自分も神も一つであることを理解し、世界全体を愛するのです。これは「永遠の相のもとに」神を認識すると表現されます。

「外部の原因の観念を伴う悲しみが悩み」であり、理性的に考えることで、人生の苦しみから脱出することもできるのです。