世界に多大な影響を与え、長年に渡って今なお読み継がれている古典的名著。そこには、現代の悩みや疑問にも通ずる、普遍的な答えが記されている。しかし、そのなかには非常に難解で、読破する前に挫折してしまうようなものも多い。そんな読者におすすめなのが『読破できない難解な本がわかる本』。難解な名著のエッセンスをわかりやすく解説されていると好評のロングセラーだ。本記事では、ウィトゲンシュタインの『論理哲学論考』を解説する。
哲学の結論はそれぞれバラバラだ。数学や自然科学のように、スッキリした答えがでない。それもそのはず、過去の哲学はその思考ツールとしての言葉を誤って使っていたからだ。言葉の分析をすれば、正しいことがわかる。なぜなら思考=言語だからだ。
言葉が世界を正確に写し取っている
『論理哲学論考』とは、一言でいうと「過去のすべての哲学を初期化する哲学」です。
哲学というのは言葉の学問です。すべて、文として表現されます。
古代ギリシアの時代から、様々な哲学者が「言葉=思考」を展開してきました。
しかし、哲学者の説いた説が正しいかどうか以前に、彼らの言葉の使い方を分析して誤りがわかったなら、もう中身は検討しなくていいわけです。問題を消去すれば、問題は消えるというのです。
「問題はその本質において最終的に解決された」(同書)
たとえば、コンビニで肉まんを頼んだのに誤ってチキンが出てきたとしましょう。
そのとき、「この肉まんはピザ味か、カレー味か」なんて考えることは無意味です。なぜなら、チキンが出されたことで、すでに、前提が間違っているからです。哲学もこれと同じ。
ウィトゲンシュタインによると、様々な哲学の問題は言葉の使い方をミスしているから生じるのであり、言葉を正確に分析すれば謎はすべて解けるのだといいます。
「2・12 絵は現実のモデルである」
「3・001『ある事態を思考することができる』ということは、その事態について、絵を描いてみることができる、ということである」(同書)
言葉が世界を正確に写していて、世界と言語は鏡のように対応している。これを「写像理論」といいます。
言葉と世界が表裏一体なので、言葉の使い方を検討すれば、世界を正しく捉えているかどうかがわかるのです。
過去の哲学は、無意味な文だった?
「4 思考とは、有意義な命題のことである」
「4・003 哲学的な主題について書かれてきた命題や問の大部分は、偽ではないが、非意義的である。だから、こういうたぐいの問には、とうてい答えられない。できることは、その非意義性を確認することだけなのだ」(同書)
たとえば、「ウィトゲンシュタインを掛け算する」という文は、いちおう文の形をとっていますが意味がありません(非意義的)。
「5・61 論理が世界を満たしている。世界の境界は論理の境界でもある」(同書)
言語に表現されるものの限界が世界の限界となりますので、語れないことは哲学の世界から排除されてしまうわけです。
ウィトゲンシュタインは、哲学の諸問題が解決されなかったことは、語れないことをムリして語っていたからと考えたのです。
もし、ある命題が指し示す対象が存在しなければ、それは無意味ということになります。
となると、私たちが常日頃から疑問に感じている「人生の意味」「死後の世界」「神の存在」など近代までの哲学が真剣に取り組んできたあらゆる哲学のテーマは、言語の限界を超えてしまっていたのでした。
「6・521 生の問題の解決を、人は、その問題の消失という形で気づく」(同書)
生の問題は、最初から意味がないので、解決済みということになります。
さらにトドメがこのラストを飾るフレーズです。
「7 語りえぬものについては沈黙しなければならない」(同書)
ここまで言い切ったのに、実はウィトゲンシュタインは、自ら『論考』の間違いを認めたのです。
そして、新たに「言語ゲーム」の哲学を展開しました。哲学者が自分の説の間違いを指摘するというのは珍しく、彼の徹底した探究心が伝わってくるようです。
ウィトゲンシュタインによって、言語論的転回と呼ばれる哲学の新しいステージが始まりました。
富増章成(とます・あきなり)
河合塾やその他大手予備校で「日本史」「倫理」「現代社会」などを担当。
中央大学文学部哲学科卒業後、上智大学神学部に学ぶ。
歴史をはじめ、哲学や宗教などのわかりにくい部分を読者の実感に寄り添った、身近な視点で解きほぐすことで定評がある。
フジテレビ系列にて深夜放送された伝説的知的エンターテイメント番組『お厚いのが、お好き?』監修。
著書『21世紀を生きる現代人のための哲学入門2.0 現代人の抱えるモヤモヤ、もしも哲学者にディベートでぶつけたらどうなる?』(Gakken)、『日本史《伝説》になった100人』(王様文庫(三笠書房))、『図解でわかる! ニーチェの考え方』、『図解 世界一わかりやすい キリスト教』『誰でも簡単に幸せを感じる方法は アランの『幸福論』に書いてあった』(以上、KADOKAWA)、『超訳 哲学者図鑑』(かんき出版)、『オッサンになる人ならない人』(PHP研究所)、『哲学の小径―世界は謎に満ちている!』(講談社)、『空想哲学読本』(宝島社文庫)など多数。
【著者からのメッセージ】
私たちはなぜ本を読むのでしょうか。それは「本は人類が積み上げてきた叡智のアーカイヴだから」です。本は、人に知識や喜怒哀楽すべての豊かな経験を与えてくれる存在です。ときに読んだ人の人生を変えてしまう本だってあるでしょう。
この本で紹介しているのは、本のなかでも特に多くの人に読み継がれていたり、あるいは数千年という時を経ても今なお読まれている本、つまり「名著」です。
「名著」にはそう呼ばれるだけの理由があります。たとえば多くの人が今悩んでいることのほとんどは、この長い歴史上で誰かがすでに徹底的に考えていることです。紀元前という昔に遡っても、人間はやはり人間なのです。だから、もしあなたに悩みや、疑問に感じていることがあるなら、それらの答えのヒントはほぼ「名著」のなかにあるのです。
「目標がないし、やる気も出ない」「思考が乱れて集中できない」「健康なのに、なぜか疲れを感じる」「勉強したいが、どこから何をしたらいいのかわからない」「働いても働いても、楽にならないのはなんでだろう」「歳をとってきて、だんだん楽しみが減ってきた」
そんな悩みは、この本で紹介する「名著」のエッセンスを手に入れればたちまち解決するはずです。自分で思い悩むよりずっと気分が晴れること、請け合いです。
ところで、「名著」の多くは、とても難解で、それでいて分厚いものが多いです。しかし、名著が難解なのには、実は理由があります。分厚い古典的「名著」は、その時代背景と常識を前提として書かれているので、多くの場合、現代の私たちにとっては説明不足なのです。また、その学問世界の専門用語を「知ってるんでしょ?」という前提のもとに書かれていますから、こっちはわかるわけがない。
「名著」は、下手をすると一冊をしっかりと理解するのに20年以上かかります(それでも、さらに疑問は増えていきます)。普通に生きて普通に暮らしている私たちには、そんな時間はありません。つまり、「名著」とは基本的に「読破することができない本」なのです。
人生は短い。だからこそ「名著」をまず、おおざっぱに理解して、興味が出たら原典にあたればよいのです。この本では、古今東西の「名著」のうち哲学から心理学、経済学まで選りすぐった60冊のエッセンスをイラストとともにわかりやすく解説していきます。
※収録した60冊は、『ソクラテスの弁明』(プラトン)、『方法序説』(デカルト)、『実践理性批判』(カント)、『現象学の理念』(フッサール)、『歴史哲学講義』(フッサール)、『ツァラトゥストラはこう言った』(ニーチェ)、『存在と時間』(ハイデガー)、『存在と無』(サルトル)、『自由からの逃走』(フロム)、『社会契約論』(ルソー)、『資本論』(マルクス)、『論理哲学論考』(ウィトゲンシュタイン)、『グーテンベルクの銀河系』(マクルーハン)、『ポストモダンの条件』(リオタール)、『複製技術時代の芸術』(ベンヤミン)、『アンチ・オイディプス』(ドゥルーズ&ガタリ)、『21世紀の資本』(ピケティ)など。
もちろん原典と比べてその情報量は雲泥の差です(本書の場合、500ページ以上ある本も見開き4ページにまとめているのだから)。でも、なんにも読まないよりずっといいでしょう? そう思いませんか。分厚い本を一冊買って、読まないで部屋に飾っておくより、本書を電車の中で読んだほうがよいのではないでしょうか。
必ずしも時代順になっていないので、どこから読んでもOKです。パラッとめくって、全体を眺め、どんなふうに自分の役に立ちそうかを考えます。それぞれの本は、関連を他のページとリンクしてあります。つながりの意味については、本書の冒頭に収録した「ひと目でわかる名著の関連図」を参照してください。
ぜひ本書を活用して、自由な思考法を手に入れて、人生の難問解決をはかり、明日に向かって進んでください。きっと、すばらしい未来が広がっていくことでしょう。