世界に多大な影響を与え、長年に渡って今なお読み継がれている古典的名著。そこには、現代の悩みや疑問にも通ずる、普遍的な答えが記されている。しかし、そのなかには非常に難解で、読破する前に挫折してしまうようなものも多い。そんな読者におすすめなのが『読破できない難解な本がわかる本』。難解な名著のエッセンスをわかりやすく解説されていると好評のロングセラーだ。本記事では、ケインズの『雇用・利子および貨幣の一般理論』を解説する。
1920年代はアメリカの黄金時代だった。が、その繁栄も1929年10月24日、カリフォルニアの土地投機から鉄道株へと膨らみ続けていたバブルが突然に崩壊。ニューヨーク・ウォール街の株式市場は壊滅的な暴落をみせた。
働きたいのに失業してしまう理由
なぜ失業者が発生するのか?
古典経済学では大量失業の発生は高すぎる賃金率に原因があると考えられていました。
賃金率の下落をおさえようとする動き(労働組合の行動)なども関係があるという説。この説によれば、失業は「自発的失業」ということになります。
「自発的失業」とは、働けるのにわざと働かないでいる状態。だから、経済学者は彼らの存在について、「給料がやすくて働く気がしないから働かないんでしょ?」と解釈していたのです。
よって、政府はできるだけ経済に介入せずに(小さな政府)、どんどん自由放任しておけば、そのうち働く者が増えてきて丸く収まると考えられていました。
しかし、1929年の世界恐慌により大量の失業者が発生し、働きたいのに働けないという「非自発的失業者」が大量発生し、古典経済学では説明できない状態が続きました。
そこで、ケインズの「一般理論」の登場です。非自発的失業を解消する力が市場にないとするなら、何らかの刺激を加えなければなりません。
つまり、労働者の数が余っているわけですから、労働需要を高める必要があるのです。古典経済学では、完全雇用が前提になっていたのですが、実際はそうではありませんでした。
「われわれの生活している経済社会の顕著な欠陥は完全雇用を提供することができないことと、富および所得の恣意的で不公平な分配である」(同書)
ではどうすればよいのか。その答えは、「景気が悪くなったら、国が仕事をつくればいい」という新しい理論だったのです。
仕事をつくって失業者を助けよう!
ケインズのマクロ経済学は、古典経済学の放任主義を批判することで経済学に画期的な転換をもたらしました。失業の原因を「有効需要の不足」であると主張したのです。
労働者の数が余っている理由は、生産物の需要(消費と投資)が足りないということです。
そこで、政府による有効需要の創出による不況克服と完全雇用の実現をはかることが説かれます。
ケインズは消費と国民所得との関係を表しました(消費関数)。投資を決めるのは企業者の将来についての期待と、投資のコストとなる利子率によります。
伝統的な経済学では、利子率を現在の消費を繰り延べることの報酬という意味に解釈していました(待忍説=消費を抑制することへの報酬が利子であるとする説)。
ケインズはこれを否定し、利子率は貨幣に対する需要と供給の関係(流動性)で決まると考えました。
利子率は「銀行に預けておいたお金が増えること」、利潤率は「事業に投資して利潤があがること」とすれば、利子率が高いと銀行に貯蓄する人が増え(貯蓄性向が高まる)、利潤率が高いと事業に投資する人が増えると考えられます。
そこで、ケインズによれば、景気が悪くなったときは、あえて利子率を下げてしまえば、自然に人々が新たな事業に投資することで景気がよくなります。
それには従来の均衡財政を打破して、積極的に国が借金をする(国債発行する)ことで、仕事を増やします。
そうすれば国民の所得が上がるので、そのあとに借金を返済すればいいということになります。
アメリカでは、フランクリン・ローズヴェルト大統領によるニューディール政策(1933年)で、消費を直接的に増やす財政支出政策が行われて、大恐慌からの脱出が図られました。
後に発表されたケインズの理論は、ニューディール政策(1933年)の理論的根拠とされることもあります。
富増章成(とます・あきなり)
河合塾やその他大手予備校で「日本史」「倫理」「現代社会」などを担当。
中央大学文学部哲学科卒業後、上智大学神学部に学ぶ。
歴史をはじめ、哲学や宗教などのわかりにくい部分を読者の実感に寄り添った、身近な視点で解きほぐすことで定評がある。
フジテレビ系列にて深夜放送された伝説的知的エンターテイメント番組『お厚いのが、お好き?』監修。
著書『21世紀を生きる現代人のための哲学入門2.0 現代人の抱えるモヤモヤ、もしも哲学者にディベートでぶつけたらどうなる?』(Gakken)、『日本史《伝説》になった100人』(王様文庫(三笠書房))、『図解でわかる! ニーチェの考え方』、『図解 世界一わかりやすい キリスト教』『誰でも簡単に幸せを感じる方法は アランの『幸福論』に書いてあった』(以上、KADOKAWA)、『超訳 哲学者図鑑』(かんき出版)、『オッサンになる人ならない人』(PHP研究所)、『哲学の小径―世界は謎に満ちている!』(講談社)、『空想哲学読本』(宝島社文庫)など多数。
【著者からのメッセージ】
私たちはなぜ本を読むのでしょうか。それは「本は人類が積み上げてきた叡智のアーカイヴだから」です。本は、人に知識や喜怒哀楽すべての豊かな経験を与えてくれる存在です。ときに読んだ人の人生を変えてしまう本だってあるでしょう。
この本で紹介しているのは、本のなかでも特に多くの人に読み継がれていたり、あるいは数千年という時を経ても今なお読まれている本、つまり「名著」です。
「名著」にはそう呼ばれるだけの理由があります。たとえば多くの人が今悩んでいることのほとんどは、この長い歴史上で誰かがすでに徹底的に考えていることです。紀元前という昔に遡っても、人間はやはり人間なのです。だから、もしあなたに悩みや、疑問に感じていることがあるなら、それらの答えのヒントはほぼ「名著」のなかにあるのです。
「目標がないし、やる気も出ない」「思考が乱れて集中できない」「健康なのに、なぜか疲れを感じる」「勉強したいが、どこから何をしたらいいのかわからない」「働いても働いても、楽にならないのはなんでだろう」「歳をとってきて、だんだん楽しみが減ってきた」
そんな悩みは、この本で紹介する「名著」のエッセンスを手に入れればたちまち解決するはずです。自分で思い悩むよりずっと気分が晴れること、請け合いです。
ところで、「名著」の多くは、とても難解で、それでいて分厚いものが多いです。しかし、名著が難解なのには、実は理由があります。分厚い古典的「名著」は、その時代背景と常識を前提として書かれているので、多くの場合、現代の私たちにとっては説明不足なのです。また、その学問世界の専門用語を「知ってるんでしょ?」という前提のもとに書かれていますから、こっちはわかるわけがない。
「名著」は、下手をすると一冊をしっかりと理解するのに20年以上かかります(それでも、さらに疑問は増えていきます)。普通に生きて普通に暮らしている私たちには、そんな時間はありません。つまり、「名著」とは基本的に「読破することができない本」なのです。
人生は短い。だからこそ「名著」をまず、おおざっぱに理解して、興味が出たら原典にあたればよいのです。この本では、古今東西の「名著」のうち哲学から心理学、経済学まで選りすぐった60冊のエッセンスをイラストとともにわかりやすく解説していきます。
※収録した60冊は、『ソクラテスの弁明』(プラトン)、『方法序説』(デカルト)、『実践理性批判』(カント)、『現象学の理念』(フッサール)、『歴史哲学講義』(フッサール)、『ツァラトゥストラはこう言った』(ニーチェ)、『存在と時間』(ハイデガー)、『存在と無』(サルトル)、『自由からの逃走』(フロム)、『社会契約論』(ルソー)、『資本論』(マルクス)、『論理哲学論考』(ウィトゲンシュタイン)、『グーテンベルクの銀河系』(マクルーハン)、『ポストモダンの条件』(リオタール)、『複製技術時代の芸術』(ベンヤミン)、『アンチ・オイディプス』(ドゥルーズ&ガタリ)、『21世紀の資本』(ピケティ)など。
もちろん原典と比べてその情報量は雲泥の差です(本書の場合、500ページ以上ある本も見開き4ページにまとめているのだから)。でも、なんにも読まないよりずっといいでしょう? そう思いませんか。分厚い本を一冊買って、読まないで部屋に飾っておくより、本書を電車の中で読んだほうがよいのではないでしょうか。
必ずしも時代順になっていないので、どこから読んでもOKです。パラッとめくって、全体を眺め、どんなふうに自分の役に立ちそうかを考えます。それぞれの本は、関連を他のページとリンクしてあります。つながりの意味については、本書の冒頭に収録した「ひと目でわかる名著の関連図」を参照してください。
ぜひ本書を活用して、自由な思考法を手に入れて、人生の難問解決をはかり、明日に向かって進んでください。きっと、すばらしい未来が広がっていくことでしょう。