いま世界中の森林で大規模伐採が行われ、急速なペースで自然が失われている。私たちの暮らしに木材や用地は不可欠だが、森林の回復を上回るスピードで伐採が進んでいるため、このままでは地球の豊かな自然を未来に残せないおそれがある。
そんな現状に警鐘を鳴らしているのが、米・タイム誌の「世界で最も影響力がある100人」に今年選ばれた、森林生態学者のスザンヌ・シマード氏の著書『マザーツリー 森に隠された「知性」をめぐる冒険』だ。樹木たちの「会話」を可能にする「地中の菌類ネットワーク」の存在を解明し、発売直後から大きな話題を読んだ本書は、アメリカではすでに映画化も決定しているという。
今回は、一般財団法人「地球・人間環境フォーラム」主催のセミナーに合わせて来日したシマード氏に、バイオマス発電の問題点について伺った。(聞き手・構成/ダイヤモンド社コンテンツビジネス部)

実は地球温暖化を助長する?「バイオマス発電は全くエコではない」という“不都合すぎる真実”Photo:Adobe Stock

マザーツリーは、地球温暖化の抑止にも貢献している

――シマードさんが発見した、森林の地下に広がる「菌根菌(※)ネットワーク」では、特に樹齢の古い大木、いわゆる「マザーツリー」が全体を司っているんですよね。

菌根菌…植物の根と共生する微生物で、植物から糖を受け取る代わりに、窒素などの栄養を植物に与える

スザンヌ・シマード(以下、シマード) そうです。マザーツリーは「菌根菌ネットワーク」の中心的存在であり、木々どうしをつなぐハブとして機能しています。

 また、長い年月の間に様々な気候の変化を経験しているので、その種子にも気候変動に対する耐性が備わっています。そうした種子は、やがて苗木となっても厳しい環境を生き抜くことができます。

 同時に、多様な動植物の生息地としても重要です。たとえば、着生植物や地衣類、小動物の中には、マザーツリーに頼って生きている種もあります。さらに、大きな木は光合成量が多いので、大気中にたくさんの酸素を供給し、土壌に大量の炭素を蓄えることができます。

 つまり、地球温暖化の抑止や森林の生態系の維持においても、マザーツリーは大変重要な役割を果たしているのです

――しかし、この半世紀の間に、人間はそうした木々を大量に伐採してきました。

シマード その通りです。なぜなら、いま挙げたような様々な「価値」がきちんと認識されていないからです。むしろ、マザーツリーは大事にされるどころか、「大きな木ほど市場で高く売れる」という理由で優先的に切られてきました。

実は地球温暖化を助長する?「バイオマス発電は全くエコではない」という“不都合すぎる真実”インタビューに答えるシマード氏

 実際、私の地元であるカナダ・ブリティッシュコロンビア州では、老齢の大木はほとんど伐採しつくされています。カナダ全体でみても、ツーバイフォーなどの製材、製紙用パルプ、バイオマス発電の燃料に使う木質ペレットなどのために、樹齢数百年レベルの木が毎日のように切られています。

 森林が私たち人間にもたらしてくれている恩恵を考えれば、止めどない大規模伐採というのは「自分で自分の首を絞めている」のに等しい行為なのですが、これが現実です。

樹木の過剰な伐採は、地球温暖化に直結する

――ちょうど「バイオマス発電」というワードが出ましたが、シマードさんはこの発電方法について「発電までのプロセス全体を見ると決してエコではない」というお考えだと聞きました。

 「バイオマス発電=環境にやさしい」というイメージを持っている人が多いと思うのですが、シマードさんのご見解を改めて教えてください。

シマード 的確なご質問をありがとうございます。

 まず、森林は世界の陸地面積の3割ほどしか占めていませんが、陸上で蓄えられている炭素の6〜8割を貯留している場所です。ですので、森林は地球の炭素循環において、非常に大きな役割を果たしています。

 しかし、いま世界中で行われているような大規模伐採を続けると、森林で貯留している炭素のうち最大7割が大気中に放出されるということが研究でわかってきています。つまり、木を切るだけで、地球温暖化を急激に進展させるほどの事態を生み出してしまうわけです。

 したがって、バイオマス発電用の木質燃料を得るために大規模伐採をするのは、森林の使い道としては極めて非効率的ですし、発電までのプロセス全体としては、全くもって「カーボンニュートラル」ではありません。

 にもかかわらず、バイオマス発電のマーケットは、近年大きく伸びています。これは、「バイオマスの燃焼は、化石燃料を使うよりも二酸化炭素の発生量が少ないからエコだ」という単純で間違った考えが流布しているからです

――なるほど。「木々を伐採するだけで炭素が大気に放出される」というのは、現代人は知識として持っておかないといけないですね。

シマード まさに、全員がそのことを理解しないといけません。

 森林は本来「炭素を貯めてくれる場所」なのに、その森林を伐採して炭素を大気に放出しながら、エネルギーをつくろうとしているわけですからね。しかも、伐採した木を燃やせば、木の中に蓄えられていた炭素もさらに放出されます。

 私がこうして話している間にも、世界のどこかで、何百年もかけて育ってきた木が短時間で大量に伐採され続けているわけです。

 森林を伐採し続けるか、それとも保護していくか。私たちは現在、大きな岐路に立たされていると思います。いまこそ人々がバイオマス発電の真の姿をきちんと理解して、より賢い意思決定をしなければいけないのです

(本稿は、『マザーツリー』の著者スザンヌ・シマード氏へのインタビューから構成しました)

スザンヌ・シマード Dr. Suzanne Simard
カナダの森林生態学者。ブリティッシュコロンビア大学 森林学部 教授
カナダ・ブリティッシュコロンビア州生まれ。森林の伐採に代々従事してきた家庭で育ち、幼いころから木々や自然に親しむ。大学卒業後、森林局の造林研究員として勤務、従来の森林管理の手法に疑問を持ち、研究の道へ。木々が地中の菌類ネットワークを介してつながり合い、互いを認識し、栄養を送り合っていることを科学的に証明してみせた彼女の先駆的研究は、世界中の森林生態学に多大な影響を与え、その論文は数千回以上も引用されている。研究成果を一般向けに語ったTEDトーク「森で交わされる木々の会話(How trees talk to each other)」も大きな話題を呼んだ。『マザーツリー』が初の著書。