いま世界中の森林で大規模伐採が行われ、急速なペースで自然が失われている。私たちの暮らしに木材や用地は不可欠だが、森林の回復が間に合わないスピードで伐採が進んでいるため、このままでは豊かな自然環境を未来に継承できないおそれがある。
そんな現状に警鐘を鳴らしているのが、米・タイム誌が今年の「世界で最も影響力がある100人」に選んだ、森林生態学者のスザンヌ・シマード氏だ。
今回は、一般財団法人「地球・人間環境フォーラム」主催のセミナーに合わせて来日したシマード氏に、自身初の著書で世界的ベストセラーとなった『マザーツリー 森に隠された「知性」をめぐる冒険』に込めた思いについて伺った。(取材・構成/ダイヤモンド社コンテンツビジネス部)

森林は「菌類がつくる巨大な脳」である…米・タイム誌の「世界で最も影響力がある100人」に選ばれた科学者が明かす“驚きの事実”Photo:Adobe Stock

いま行われている大規模伐採は「森林を壊している」

――シマードさんは森林生態学者として長年活躍されてきましたが、この分野を研究しようと思われたきっかけは何だったのでしょうか?

スザンヌ・シマード(以下、シマード) 私は、カナダ・ブリティッシュコロンビア州の森林に囲まれた環境で育ちました。ですが、時が経つにつれて、その森が商業目的で大量に伐採されるようになり、豊かだった自然が急速に失われていったのです。

「これは決して正しい行いではない」。森林とともに育った私は直感的にそう思いました。しかし、直感だけでなくロジックが伴っていないと、企業などに対して「伐採をしてはいけない」と説得するのは難しいのが現実です。

 そこで、森林の回復スピードを上回るペースで伐採を続けると、その土地の自然環境にどれほどの悪影響が及ぶのかを実証して、世間に発表しようと決意しました。それが、私の森林生態学者としての出発点です。

――これまで、研究論文は数多く書かれたかと思いますが、一般書としては『マザーツリー』が初のご著書です。何か執筆のきっかけがあったのでしょうか?

森林は「菌類がつくる巨大な脳」である…米・タイム誌の「世界で最も影響力がある100人」に選ばれた科学者が明かす“驚きの事実”インタビューに答えるシマード氏

シマード 私は研究者として、度を越えた伐採が「森林の持続可能性」を不可逆的に損ない、さらには地球温暖化の原因にもなるという事実を科学的に突き止めました。

 しかし、研究の成果をどれだけ論文に書いても、一般の人がそれを読んでくれる可能性は高くありません。一方で、21世紀に入ってから、地球温暖化の影響とみられる異常気象自然災害が明らかに増えています。

 いまこそ、できるだけ多くの人に私の研究結果を知ってもらって、世界をより正しい方向へと導かなければならない。こう強く思ったので、本の執筆を決意しました。

森林は「菌類がつくる巨大な脳」

――そうした「現状に対する危機感」を原動力にご執筆された『マザーツリー』で、読者に最も伝えたいメッセージとは何でしょうか?

シマード 森の木々が地面の下で「巨大な菌根菌(※)ネットワーク」を作っていること、そして木と木が互いに「情報や物質を交換し合っている」ということを、ぜひ知っていただきたいですね。いわば、森林は「菌類がつくる巨大な脳」なのです。

※菌根菌…植物の根と共生する微生物で、植物から糖を受け取る代わりに、窒素などの栄養を植物に与える

 これは私の研究者人生で最大の発見であり、現代人の森林観を根本から覆すパワーがあると考えています。なぜなら、過去何百年にわたって、人間は「木々はそれぞれ、独立して存在している」と思い込んできたからです。

 このことが広く知られることで、野放図な伐採の危険性、つまり森林の「菌根菌ネットワーク」が破壊され、木々の生存に不可欠なコミュニケーションがとれなくなるリスクが認識されることを願っています。

 ちなみに、この発見から派生して、木と木がお互いを認識している、つまり「どの木が自分の親戚なのか」を認識していることも実証しました。

「森林で生まれ育った」というバックグラウンド

――別の研究者ではなく、他ならぬシマードさんがその事実を突き止めたのには、何か特別な要因があったと思いますか?

シマード とてもよいご質問をありがとうございます。

 私の家族は何代にもわたって森で暮らし、森で生計を立ててきました。私自身も森と深い関係を築きながら暮らしてきたので、研究者になる前から「木と木が互いにコミュニケーションをとっている」ということを確信していました

 つまり、私が他の研究者と違うのは、自分の経験を踏まえた「森に対する深い理解」が先にあって、それを実証するために研究しているという点にあると思います。普通は、森を理解しようとするために研究をするので、出発点が全く異なるわけです。

 もう1つの違いは、自分が生まれ育った森が商業目的でどんどん伐採されていくなかで、「早く何とかしないとまずい」という強い焦燥感があったことです。

 いずれにしても、「森林の中で生まれ育った」というバックグラウンドが、私の研究の視点のユニークさや、研究へと突き動かすモチベーションの強さにつながっているのだと思います。

つづく

(本稿は、『マザーツリー』の著者スザンヌ・シマード氏へのインタビューから構成しました)

【著者】スザンヌ・シマード Dr. Suzanne Simard
カナダの森林生態学者。ブリティッシュコロンビア大学 森林学部 教授
カナダ・ブリティッシュコロンビア州生まれ。森林の伐採に代々従事してきた家庭で育ち、幼いころから木々や自然に親しむ。大学卒業後、森林局の造林研究員として勤務、従来の森林管理の手法に疑問を持ち、研究の道へ。木々が地中の菌類ネットワークを介してつながり合い、互いを認識し、栄養を送り合っていることを科学的に証明してみせた彼女の先駆的研究は、世界中の森林生態学に多大な影響を与え、その論文は数千回以上も引用されている。研究成果を一般向けに語ったTEDトーク「森で交わされる木々の会話(How trees talk to each other)」も大きな話題を呼んだ。『マザーツリー』が初の著書。