「でも、自分で区切りをつけて引退するってことになったら、たぶん、たくさんの人がそうか、お疲れさまって言ってくれる。どっちがいい?って聞かれました。あと、人生、辞めたあとの方が長いよって」

 気持ちが引退に傾けば、単に自分はラクをしたがっているだけではないか、という内なる声も聞こえてきた。現役を続行できる肉体を維持することに比べれば、選手や子どもたちにラグビーを教えていく道は確かに安楽にも思える。

 勝つために、成長するためにあえて修羅の道を選びがちだったこれまでの人生は、過酷なトレーニングから解放されるという選択に拒絶反応を示していた。

田中は引退の決意を
真っ先に妻に伝えた

 最終的に、彼が下す決断を後押ししたのは、またしてもニュージーランドだった。ニュージーランドに学ぶことからスタートした田中のラグビー人生は、ニュージーランドを見ることで終着点に到達した。

「ハイランダーズ(編集部注/田中がかつて在籍していた、ニュージーランドのプロチーム)の選手の中にも、コロナをきっかけに引退した選手とか、結構いたんですよ。で、SNSとかを見てると、コングラッチュレーションって声が多かった。第2の人生のスタート、おめでとうって感じで」