プロ作家が明かす「書くことの葛藤と解放」と題した本連載では、プロの書き手に「書けない」ときの精神状態を語ってもらいます。従来のライティング本では、方法論に焦点を当ててきたのに対し、本連載では、「文章がしっくりこない」「何を書いてもダメだ」と感じる瞬間などに注目。書くことの苦しみを通じて、承認欲求や自意識、そして言葉の在り方自体を掘り下げます。プロの苦悩を知ることで、読者が自身の「書けない理由」について再考するきっかけになると幸いです。第3回は今年6月に長編小説『ブルーマリッジ』を、9月26日には初めての短編集『わたしたちは、海』を上梓した作家のカツセマサヒコさんにインタビューしました。(構成/田之上 信 編集/三島雅司)
「書くことは苦しみ」
締め切りを憎みながら愛する
――カツセさんは小説を書き始めるとき、真っ白の用紙に向き合ってどんな感覚を持たれますか。
ワードを開く前から、1行目の書き出しだけは決まっていることが多いので、そこから先に何を書いてやろう、今度こそ最高傑作だな、という気持ちでデスクに向かっている気がします。だから白紙のときが一番うれしいですね。
でも、最高のものができると思ってスタートしても、言葉にすればするほど自分の可能性が狭まっていく。希望に満ち溢れていたものが、どんどん苦しくなっていく。
そしていよいよ筆が止まったときに、「今回もダメだった」と才能のなさに改めて落ち込むんです。書くほどに絶望していきます。
――書くことは苦しみに満ちているということですか。
もちろん作家さんによると思いますが、僕はずっと苦しんでいますね。そもそも書くのが遅いし、ペースを維持できないんです。「毎日何ページ書く」と決めている作家さんもいますが、僕はそれが全然できないタイプです。
一番嫌いなものが締め切りで、一番救われているものが締め切りだなといつも思います。締め切りを憎みながら愛しています。