尾崎世界観が「こんなの誰が読むんだろう?」と思いながらも小説を書く理由【二度の芥川賞候補、作家兼ミュージシャン】二度の芥川賞候補となった尾崎世界観さん。ロックバンド・クリープハイプのメンバーでもある

プロ作家が明かす「書くことの葛藤と解放」と題した本連載では、プロの書き手に「書けない」時の精神状態を語ってもらいます。従来のライティング本では、方法論に焦点を当ててきたのに対し、本連載では、「文章がしっくりこない」「何を書いてもダメだ」と感じる瞬間などに注目。書くことの苦しみを通じて、承認欲求や自意識、そして言葉の在り方自体を掘り下げます。プロの苦悩を知ることで、読者が自身の「書けない理由」について再考するきっかけになると幸いです。第2回はロックバンド、クリープハイプのボーカルであり、最新作『転の声』が芥川賞にノミネートされるなど注目を浴びる尾崎世界観さんにインタビューしました。(構成/田之上 信 編集/三島雅司)

「ゲタをはかせてもらっている?」
ニセモノ感と危機意識

――尾崎さんは、作家として「自分はニセモノ感がある」というようなことをインタビュー記事でおっしゃっていますね。それはどういう意味でしょうか。

 自分はミュージシャンとして世に出ていて、すでに多くのバンドのファンがいる。それで一定の読者が見込めるということで、編集者の方から声がかかったという感覚が常にありました。

 特に最初の頃はずっと、クリープハイプというバンドのボーカルだから、執筆依頼があるんだと思っていた。

 それを踏まえてニセモノだと、後でコンプレックスになる前にあえて自分で名乗ってしまおうというか、本物のニセモノ、ニセモノの中のホンモノになりたいという感覚がありました。

――何かゲタをはかせてもらっているような感じということでしょうか。

 そうですね。それに早々に気づきました。だからここで頑張らないと、ただバンドのファンに届くだけで終わってしまうという危機感があったんです。

 ここで勘違いして、「自分は文章の仕事もできるんだ」と思ってしまったら、先がないと。「このままだとエッセイ集が何冊か出て終わるな」という危機感があって、まだオファーがあるうちに、ちゃんと作品自体を見てもらえるようにならなければいけないと思いました。