コンセプトとは何か、PRとはどんな仕事か――。ベストセラー『コンセプトの教科書』の著者で、株式会社TBWA\HAKUHODOチーフ・クリエイティブ・オフィサーの細田高広氏が、博報堂執行役員で、博報堂ケトル取締役の嶋浩一郎氏と対談を行った。嶋氏は、最新刊『「あたりまえ」のつくり方 ビジネスパーソンのための新しいPRの教科書』(NewsPicksパブリッシング)を2024年9月に上梓したばかり。博報堂の先輩・後輩という関係の2人が、たっぷり2時間超、広告・PRの仕事について語り合った。第2回では、似ているように思われがちな広告とPRにおける思考の相違点を徹底分析する。(第2回/全6回)(進行/NewsPicksパブリッシング・中島洋一、ダイヤモンド社・宮崎桃子 構成/水沢環)
――前回はお二人のご著書の共通点を話していただきました。一方で、それぞれの本で相違点もあると思います。どんなところに違いを感じましたか?
細田高広(以下、細田):やっぱりPRと広告って、業界的には近そうだけど、ちょっと仲悪いんですよ。
嶋浩一郎(以下、嶋):ははは、悪いっていうか。
細田:もちろんケンカしているわけではなく、棲み分けがちゃんとされている、という意味です(笑)。けれど、やはり言葉が通じているようで、本質的にはかみ合っていない瞬間があったと思うんです。嶋さんの本は、そこの違いを初めて言語化したんだと思いますね。
嶋:そう。今回の本で初めて「広告とPRの思考プロセスのどこが違うんだろうな」ってことをちゃんと言語化できたと思っています。
マーケティング(広告)は、市場における競合との差別化を表現するんですよね。たとえば車のマーケティングでいえば「燃費が良いです」「音が良いです」「デザインがいいんです」とか、とにかく「違い」を見つけるのが得意で、それが必要な仕事。
一方PRの考え方は、「ここだったら協力できますよね」「こっちの方向にだったら一緒に進めますよね」という「同じ」ポイントを見つける思考なんです。
だからPRは、新しいアイデアに対してネガティブな意見を持つ人たちとも対話するんですよ。そこが広告との大きな違い。
――具体的に言うと、どういうことですか?
嶋:たとえば、さっきも出た「民泊」の例でいうと、「民泊」は今までのあたりまえだったらホテルや旅館に泊まるのに、これからは人の家に泊まるというまったく新しいあたりまえなわけですよね。そのとき、アーリーアダプターと呼ばれるような好奇心旺盛な人たちは、「旅館やホテルに泊まる体験とは違う、現地での新しい触れ合いができる!」と価値を感じる。つまり広告としては、従来の宿泊体験との「違い」を訴えていくことが大切になる。「それは、いままでにない宿泊体験」みたいなアピールの仕方になりますよね。
でも反対に、「隣に知らない人が泊まっていたら嫌だ」「もしかしたら治安が悪くなっちゃうんじゃないか」とネガティブな感覚を持つ人もいるんですよ。
そういう人たちに対して「空き家問題が解決する可能性があるんです」と伝えたり、「関係人口を増やしたいのなら民泊が使えますよ」と伝えたりして、「この観点で考えたら、このサービス(アイデア)を受け入れられませんか?」と握れる(合意できる)ポイントを探すのが、PRパーソンの技術なんですよね。
僕は、そうやって握手できるところを見つけながら新しい文化や新しいあたりまえを広げていくダイナミズムが、PRという仕事のおもしろさだと思っています。
細田:広告は「違い」を見つけて考えますし、ブランディングは「違い」の体系化です。コンセプトも「違い」が重要です。反対に生活者に企業に社会に「同じ」を見つけていくPRの仕事。目指すゴールは同じなんだけど、課題に向き合う角度は180度違うんだ、と気が付きました。
嶋:そうそう。たとえばスタートアップの人や新しいテクノロジーを開発している人たちは、「良い技術さえ開発すれば、それはすぐ社会に浸透するはずだ」と思い込みがちのところがあります。マーケティングの視点が強くなることの罠かもしれません。
そういうときに、PR的な視点を持って、社会記号とかコンセプトみたいな、味方を増やせる言葉がひとつあると、全然違ってくると思う。
細田:たしかにそうですね。
僕の本は、企業向けに開催していた研修の内容が元になっていて、その研修には食品や化粧品や家電など実に様々なジャンルの商品開発や技術開発の担当者もたくさん参加してくれていたんですよ。その方々曰く、「せっかく良い技術をつくっても、マーケティングチームに渡すときに上手く説明できない。そのせいでマーケティングチームが本質と関係ないことばかりしてしまって、だんだん部署間の対立も生まれてしまう」という状況がよくあるんだそうです。
つまり、「企画書の言葉がひどすぎる」という問題意識を持っている技術者も実はたくさんいるんだと思います。中には「開発者はもっと言葉に働いてもらわなきゃいけないんです」とおっしゃっていた人もいて。
嶋:「言葉に働いてもらう」っていいね。
細田:良い言葉ですよね。なので、そういう技術者、開発者の方々にとっても、この2冊が役に立つんじゃないかなと思いますね。
――たしかに、広告やPRと関係のない仕事に就いている人たちこそ、この2冊を読むと発見がありそうです。
細田:それから、PRってどこか誤解されているところがありますよね。「この商品のいいところはここだ!」っていう「アピール」と「ピーアール」の区別がついていない人が今はすごく多い。
先に商品があって、それをどう広めるか。この順番が今のPRの仕事におけるあたりまえと思われているかもしれないけど、これからは逆の流れになるんじゃないかなと思っています。
――逆、というと?
細田:「世の中がこうなります」っていう新しい価値観を言語化するところから商品が生まれることがもっと増えてくると思うんです。
たとえば、以前嶋さんと一緒に「社会記号」についての本(『欲望する「ことば」 「社会記号」とマーケティング』集英社新書)を書かれている一橋大学の松井剛教授は、「癒やし」の研究もされていますよね。
その「癒やし」という概念が生まれてから、1990年代に「癒やしブーム」が始まって、関連する商品がたくさん生まれていったわけじゃないですか。
嶋:美容業界ではアロマテラピーが始まって、音楽業界はヒーリングミュージックを出して、芸能界ではなぜか「癒やし系アイドル」が登場して、みたいなね。
細田:そうそうそう。もちろん最初はモノを売るための概念だったかもしれませんが、あるところまで広がってからは、むしろ「癒やし」という概念が様々な商品を生み出したように見えるんです。
嶋:それがまさにマーケティングとPRの差分の話だよね。PRは、商品やサービスを売ろうとするというより、商品が広がった先の「ライフスタイル」を広げるものだから。
たとえば、タイヤ会社のミシュランが郊外のホテルやレストランのガイドブックを出したのは、「車でドライブするとこんなレジャーが楽しめますよ」というライフスタイルの売り込みだったわけです。
そんなふうに「このサービスが浸透すると、こんな新しい価値観が生まれますよ」と広めていくのがPRの仕事なんだよね。
――なるほど。これを聞くと、一般の方のPRという仕事に対するイメージがかなり変わりそうです。
嶋:あと、細田さんが書くとかっこいいんですよ。Airbnbのエピソードにしても「(創業者の)ブライアンは頭を抱えて……」とかって、オシャレに書く。そこが僕の本とのいちばんの違いだね(笑)。
細田:いやいや、恥ずかしいです(笑)。