「上司も部下も、社会人全員が一度は読むべき本」「被害者や加害者にはならないためにもできるだけ多くの人に読んでほしい」と話題沸騰中の本がある。『それ、パワハラですよ?』(著者・梅澤康二弁護士/マンガ・若林杏樹)だ。自分はパワハラしない、されないから関係ない、と思っていても、不意打ち的にパワハラに巻き込まれることがある。自分の身を守るためにもぜひ読んでおきたい1冊。今回は特別に本書より一部抜粋・再編集して内容を紹介する。
休みがちな子育て中の社員に退職を促すのは違法?
子育て中の社員が、子育てのために早退・欠勤が続くなど、会社が期待しているようなパフォーマンスが発揮できないことがあります。
そういった場合に、会社側が退職を示唆することは法的に問題ないのでしょうか。
具体例で見ていきましょう。
子育て中の30代女性。子どもが体調を崩しやすく、会社を休んだり、早退したりすることもしばしばあった。ある日、上司に呼ばれ、「あなたが休むと代わりの人が仕事をやらなくてはいけないし、だからといって人を補充できるような状況ではない。もしこれからもお子さんが体調を崩すようであれば、子育てに専念したほうがいいのでは」と暗に退職をすすめられた。
【解説】
会社が社員に対して退職を求める行為は、すべて「クビ」を言い渡す行為であって、解雇を意味すると誤解されがちですが、じつはそうではありません。
会社側が退職を求める行為は、「解雇」である場合もあれば、解雇ではなく「退職勧奨」に留まる場合もあります。
解雇と退職勧奨は似て非なるものであり、法律的には明確に区別されています。
まず、「解雇」とは法律的には「労働者の意向を排除して、雇用契約関係を一方的に解除する意思表示」を意味します。
つまり、「労働者に勤務継続の意思があろうとなかろうと、雇用契約を打ち切ることを通告する行為」が解雇です。
「解雇」は原則として「違法」
解雇は、日本の法律では原則として違法・無効です。
例外的に客観的かつ合理的な解雇理由があり、社会的に許容される方法や対応でされた場合にかぎり、適法かつ有効とされています。
このように、日本の法制度では解雇の適法要件は、非常に高いハードルが設定されています。
そのため、会社が解雇を一方的に行うことは難しく、解雇をちらつかせて労働者に不利益を与える行為は、パワハラと評価されやすいと考えます。
「解雇」と「退職勧奨」は別モノ
一方で、「退職勧奨」とは、「労働者に対して自主的な退職を推奨し、合意での退職を申し入れる行為全般」を意味します。
退職勧奨は労働者の自由な意思に従って退職を促すものであり、労働者の意向を排除する解雇とはまったく異なります。
そして、退職勧奨は、日本の法律ではとくに規制はされておらず、使用者はいつでも、どのような理由でも退職勧奨を行うことが許容されています。
原則として「適法な行為」と考えられています。
もっとも、退職勧奨はあくまで労働者の自由な意思に基づいて退職を促す行為として許容されます。
これが「勧奨」ではなく「強要」となる場合は、違法性を帯びることとなります。
「退職強要」は「パワハラ」
この「勧奨」と「強要」の区別は非常に微妙なところです。
一般的には退職勧奨の内容、方法、頻度などの事情から、「労働者の自由意思を制圧するような態度で退職をすすめる行為」は「退職強要」に当たると考えられています。
たとえば、労働者が退職に応じないことを明確にしているのに、
・繰り返し退職を求める
・労働者を長時間拘束して執拗に退職勧奨に応じるよう迫る
などの行為は、「退職強要」として違法な行為と評価されやすいと考えます。
そのため、会社側による退職勧奨が許容される限度を超えて「退職強要」と評価された場合には、違法なパワハラと評価されることになるでしょう。
「育児休業」を理由に不利益な扱いをしてはいけない
今回のケースは、社員が育児により安定して就労できないことを理由に退職をすすめるものです。
退職勧奨自体は原則適法ではありますが、じつは「育児介護休業法」という法律で、育児休業等をしたことを理由に労働者に不利益な扱いをすることを禁止しています。
そして、退職勧奨もこの不利益な扱いに該当するといえます。
そのため、社員が法令で許容された範囲内で休業や短時間勤務をしているのにもかかわらず、それを理由に退職をすすめる行為は、同法への違反を理由に、許容されないと考えます。
法律で認められた範囲を超えて早退欠勤している場合は、退職勧奨が許容されることも
一方で、社員が同法で認められた休業や短時間勤務を超えて遅刻、早退、欠勤を繰り返している場合についてはどうでしょうか。
このような場合は、安定就労が難しいことを理由に、退職勧奨することは許容されると考えます。
育児介護休業法は、あくまで「法令で認められた権利を労働者が行使したことを理由に不利益を与える行為を禁止するもの」であり、労働者による育児等について全面的な理解・配慮まで求めるものではないからです。
そのため本件でも、社員が法令や社内規制で許容された範囲で時短勤務をしていた場合、退職をすすめる行為自体が違法の可能性が高いです。
一方で、許容範囲を超えて、遅刻・早退・欠勤等が繰り返されていたのであれば違法にはならないと考えます。
※『それ、パワハラですよ?』では、ハラスメントかどうかがわかりにくい「グレーゾーン事例」を多数紹介。部下も管理職も「ハラスメント問題」から身を守るために読んでおきたい1冊。
弁護士法人プラム綜合法律事務所代表、弁護士(第二東京弁護士会 会員)
2006年司法試験(旧試験)合格、2007年東京大学法学部卒業、2008年最高裁判所司法研修所修了、2008年アンダーソン・毛利・友常法律事務所入所、2014年同事務所退所、同年プラム綜合法律事務所設立。主な業務分野は、労務全般の対応(労働事件、労使トラブル、組合対応、規程の作成・整備、各種セミナーの実施、その他企業内の労務リスクの分析と検討)、紛争等の対応(訴訟・労働審判・民事調停等の法的手続及びクレーム・協議、交渉等の非法的手続)、その他企業法務全般の相談など。著書に『それ、パワハラですよ?』(ダイヤモンド社)、『ハラスメントの正しい知識と対応』(ビジネス教育出版社)がある。