2022年1月、中国江蘇省の農村で首輪を付けられ拘束されている女性が発見され、人身売買問題が注目を集めた。彼女を買って妻にしていた夫は逮捕され、虐待罪と違法監禁罪の判決が下されたが、人身売買や強姦の罪には問われずじまい。そこから浮かび上がってくるのは、人身売買婚を問題視する視点が乏しかった中国社会の闇と、なによりも「社会の安定」を優先する中国共産党政権の体質だった。※本稿は、中澤 穣『中国共産党vsフェミニズム』(ちくま新書)の一部を抜粋・編集したものです。
首を鎖でつながれ
閉じ込められた女性
2022年に、衝撃的な事件が明らかになっていた。山東省に近い江蘇省の農村に住んでいた「首に鎖をつながれた8人の子どもの母」だ。日本でも一部で報道されたので、記憶にある読者もいるだろう。
この事件も1本の動画から始まった。北京冬季五輪を目前に控えた2022年1月27日夜、慈善活動家とされる男性が撮影した動画が瞬く間にSNSで拡散した。
江蘇省徐州市豊県董集で撮られたとされる動画には首に鎖をつながれ、農村の寒々しい小屋に閉じ込められた女性が映る。女性は真冬にもかかわらず薄着で、歯はほとんどない。撮影した男性は食べ物を与えて、コートを着せたが、女性は話が不明瞭で意思疎通も難しい。精神疾患があることがうかがえる。
女性の夫とされた50代の董志民氏は「子だくさんのパパ」として地元ではちょっとした有名人で、地元企業の広告にも出ていた。映像の撮影者はこの家庭をネット上で紹介しようとして現地を訪れたとみられるが、おそらくここまでの悲惨な境遇は想定していなかっただろう。
ちなみに中国のネット上では当時、貧しい農村などを訪れて衣服や金を恵む動画が珍しくなかった。慈善活動というよりネット上での閲覧数を稼ぐ目的とみられる動画も少なくない。