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1989年11月、冷戦終結の象徴となった「ベルリンの壁崩壊」。世界史を変えたこの出来事の裏側には、東ドイツ政府の広報官による一つの“凡ミス”があった。発表する予定ではなかった内容を、記者会見で誤って伝えてしまったことが、国民を動かし、やがてドイツ統一へとつながっていく。クイズ作家が、“歴史上最も素晴らしい勘違い”とも呼ばれる出来事の顛末(てんまつ)を解説する。※本稿は、クイズ作家の近藤仁美『世界を変えた「凡ミス」図鑑』(三笠書房)の一部を抜粋・編集したものです。
分断されたドイツで
ベルリンだけは行き来できた
勘違いはときに人の不和を招くが、俗に「歴史上最も素晴らしい勘違い」と呼ばれる出来事は、ある国の融和を実現した。1989年11月、今のドイツが東西に分かれていた時代のことである。
第二次世界大戦後、敗戦国のドイツは、アメリカ・イギリス・ソビエト連邦・フランスによって分割統治されることになった。このときの分け方は、国の東側を社会主義のソ連が、西側を資本主義のアメリカ・イギリス・フランスが受け持つ、というものだった。
同書より転載
1国を急に2つに分けるとなると、国民にとってはそれだけでも混乱必至である。さらに事態を複雑にしたのは、旧ドイツの首都・ベルリンの統治だった。







