アマゾンで「ジェフの影(シャドー)」と呼ばれ、経営中枢でCEOジェフ・ベゾスを支え続けた人物がいる。その名は、コリン・ブライアー。同氏が、秘密主義で知られるアマゾンの「経営・仕組み・働き方」について詳細に明かした唯一無二の書がある。
それが『アマゾンの最強の働き方──Working Backwards』だ。
そこで明かされるのは、仕事のすべてが詰まった働き方の究極の教科書と呼ぶべき、きわめて合理的なノウハウだ。本稿では同書より特別に、ベゾスがパワーポイントの使用禁止を決めた理由について書かれた部分を紹介する。(初出:2022年1月25日)
一見明快なビジュアルが、かえって理解を妨げる
ジェフ・ベゾスと私は、Sチームの会議(経営層の会議)を改善する方法について何度も話し合った。
2004年の初め、とりわけうまくいかなかったプレゼンを聞かされた直後のことだ。出張中の機内で2人で話せる空き時間があったので(当時、機内にインターネット環境はなかった)、エドワード・タフテの「パワーポイントの認知スタイル──内なる誤謬からの脱却」という論文を読み、意見を交わすことができた。
タフテはイェール大学教授で、情報の可視化という分野の第一人者である。彼は、私たちが当時経験していた問題を一文で言い切っていた。
「議論し分析しようとする対象が、因果関係を伴い、変数が多く、比較対照を要し、エビデンスを重視するものであり、かつ問題解決を求めるものであればあるほど、それを短い箇条書きの羅列で表現することによる弊害は大きくなる」
それはまさにSチーム会議の議題の多くに当てはまった。私たちの議題は複雑で、相互に関連し、膨大な情報を吟味する必要があり、個々の決定事項がのちのさらに重要な状況に影響を及ぼす可能性がある。
こういった分析をするには、パワーポイントでつくった資料はふさわしくない。
ストーリーが単線的に進行するスライドを使って、いくつものアイデアを関連づけて議論しようとすることには無理があるのだ。細切れの文章では、アイデアの奥行きを表現しきれない。視覚的効果は表面を飾り立てるばかりで、むしろ集中力を妨げる。
パワーポイントは物事を単純明快にするどころか、重要な意味があるはずの行間をめぐる議論の機会を奪ってしまうのだ。
補足情報を書き添えたり、口頭で説明したりしても、私たちは会議の目的をパワーポイントのプレゼンで達成することはできなかった。
文章を使った説明を紙で読ませる
さらに、経験豊富なアマゾンの経営幹部たちは、忙しいこともあって、すぐに核心に迫ろうとした。スライドの順序などお構いなしに発表者に質問を浴びせ、さっさと重要な話に移るように急かしてくるのだ。しかも、そうした質問のなかには、論点を明確にしてプレゼンを先に進める効果がなく、むしろ議論を本題から逸らす原因になるものもあった。
また、先を急ぐ質問に対しては、あとのスライドで予定していた説明によって回答しなければならない場合もあり、発表者が同じ説明を繰り返す羽目になることもあった。
タフテは解決法を提案している。
「重要なプレゼンテーションでは、パワーポイントのスライドよりも、文章、数字、グラフ、画像を組み合わせた紙の資料のほうが効率的である。詳しい情報を読み込むことで、文脈を理解し、比較し、順序立て、新たな視点から事実関係を見直すことができるからだ。対照的に、スクリーンを介した発表はデータに乏しく、記憶に残りにくい。それだけでなく、聞き手を受け身にさせて無知の状態にとどめ、発表者に対する信頼感も低下させる」
どうすれば変更できるのだろう。タフテの賢い助言を聞いてみよう。
「大きな組織がこの変更を行うには、トップからの明確な指示が必要だ。『今後、プレゼンではパワーポイントではなくワードを使用すること。使い込んで慣れること』」
私たちはこの助言に従った。(中略)
パワポではなくワードで書く
ワードでナラティブ(叙述)形式で説明をするためには慣れが必要だ。どのような書き方にすべきかについて明確なルールはなかったが、ジェフは新たな方針を導入する理由を簡潔に説明した。
「20ページのパワーポイントより、4ページの良質なメモを作成するほうが難しい。ナラティブで書く場合、本当に重要なことや物事の関連性を考えざるを得ないからだ。それが理解できていないと文章を書くことはできない。
パワーポイントによるプレゼンは、アイデアをもっともらしく見せられるため、重要度の違いをならしたり、アイデア間にある関連を無視したりしても成立してしまう」
ルール変更直後の会議で配布されたナラティブの資料のなかには、現在の基準に照らすと笑ってしまうほどお粗末なものもあった。
会議中に読み終えられるようにページ数を制限したが、従わないチームもあった。指定された情報量ではアイデアを伝えきれないと反発して、30~40ページもの文書を提出した気合い満点のチームもあった。ページ数を守れという私たちの意図をようやく受け入れたのはいいが、余白を限界まで小さくし、極小のフォントで行間をきちきちに詰めた文書が提出されたこともあった。
もちろん、私たちは文章による説明のメリットは活かしたかったが、中世の書式に逆戻りしたいわけではなかった。
紆余曲折を経て、ようやく基本的なフォーマットができあがった。上限は6ページ。書式に独自の小細工をしないこと。補足説明や詳細を付録として追加してもよいが、会議で出席者にそれを読むよう求めることはできない。
(本原稿は『アマゾンの最強の働き方』からの抜粋です)