家族を失って「健康」の大切さに気付いた
齋藤社長が健康経営に至ったもう一つの要因は、家族を立て続けに失ったことだった。
「妻の母が長い闘病生活の末に59歳の若さでこの世を去って、その翌年には私の母も病気が発覚して65歳で亡くなりました。私の母はこの会社で経理を手伝いながら、従業員の健康を気に掛けている人だった。私と父は、母をなぜ健康診断や人間ドックに連れていかなかったのかと後悔しました。健康の大切さを思い知らされたんです」
また、親の介護を理由に会社を辞めていく従業員もいた。齋藤社長は、従業員を家族のように考え、健康状態までサポートしたいと思うようになった。
折しも16年1月には軽井沢で乗員・乗客15人が命を落としたスキーバスの転落事故が起きた。事故の原因は明確になっていないが、ドライバーの経験不足、労働環境、健康状態が問題だったのではないかという指摘が多く挙がった。当時、サイショウ・エクスプレスもドライバーの労働環境が決して良いとはいえず、どうにかしなければと心を悩ませた。
「そんなとき、新聞で、従業員の健康をサポートしている会社の記事を読んだんです。そこには健康経営という言葉は載っていなかったのですが、心に響いたんですね。それから調べていくうちに、経済産業省が健康経営というものを進めていて、16年度に健康経営優良法人認定制度を作ったということを知りました。それから健康経営を行っている、スポーツクラブ事業を展開しているルネサンスさんなどのセミナーに行って知見を深め、『これは絶対にやるべきだ』と思いました」
齋藤社長自らがリーダーとなり、サブリーダーを2人任命し、健康改善プロジェクトをスタートさせた。まず、会社にある自動販売機から糖分の多いものをなくしてコーヒーをブラックのみにしたり、血圧計を置いたり、ウオーキング活動を行ったりと、コストをかけない地道なことから始めた。18年からは全営業車両を禁煙とし、従業員にも禁煙を促した。
従業員の「健康意識」を変えるのが難しい
しかし、そう簡単に効果が出るものではなかった。半年ほどたって、プロのアドバイスが欲しいと思った齋藤社長は、知り合いの健康管理士にサポートを依頼した。さらに、産業医を付けようと決心する。従業員50人未満の会社は産業医を置く義務はないが、その必要性を強く感じていたからだ。
健康診断は毎年行っていたが、要検査の判定が出ても、従業員たちは「また引っ掛かっちゃったよ」と話のネタにするぐらいで、病院に行って検査を受ける人も、生活習慣を変えようとする人もいなかった。そのため産業医に従業員一人一人がきちんと健康指導してもらわなければ何も変わらないと考えたのである。
「健康診断の結果を持って地域産業保健センターに申請すれば無料でサポートを受けられるのですが、混んでいて3、4カ月待ちなんです。それを待っていては早期発見・早期治療にならない。その間に病気を患ってしまうのが心配ですし、万が一の事故を防ぐためにも、また事故があった際に会社を守るためにも、産業医の就業可否の判断を得たい。ただ、当社1社のみで産業医を置くのはコスト的に厳しかったので、他社に声を掛けることにしたんです」
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健康診断後の就業可否判定を産業医からもらうのは、法律で定められていることでもあり、どの企業にとっても重要であることを説いて回ったところ、同じくらいの規模の運送会社3社の賛同を得ることができ、お金を出し合って産業医と契約をした。これからは健康診断が終わって診断結果を産業医に渡せば、健康に問題のある従業員には早期に直接指導をしてもらえる。これで従業員の意識も変わるだろうと期待していた。
ところが、思いも寄らない事態が発生する。新型コロナウイルス感染症のパンデミックだ。コンサートや展示会などのイベントがほとんどなくなり、その機材搬送に携わっているサイショウ・エクスプレスの仕事は激減した。
「もうサイショウには未来がない」と会社を辞めていく人もいて、会社は苦境に立たされていた。健康経営のプロジェクトもストップした。従業員の多くは自宅待機となり、運動不足と不摂生から20年の健康診断の数値が悪化。多くの従業員は体重が増加し、何らかの異常の所見が認められる有所見率は全体の50%を超えてしまった。さらに、ストレスチェックでも問題のある人が50%を超えた。