SRY遺伝子に依存しない哺乳類の性決定メカニズムの解明は、世界で初めての成果でした。さらに、遺伝子そのものではなくエンハンサーという遺伝子調節領域により性が決定されるという発見も、大変珍しいものです。

 また、SOX9遺伝子とそのエンハンサーは常染色体(編集部注/性染色体ではない染色体のこと)に存在します。つまり、トゲネズミでは常染色体が新しい性染色体へと進化しているのです。このように、新しい性染色体が進化することを性染色体の転換(ターンオーバー)とよぶのですが、哺乳類における性染色体のターンオーバーはこれまでに報告がなく、これも世界で初めての発見です。

 この成果を論文として発表した際には、世界的に大きな反響がありました。様々な国、地域で実に300以上ものインターネット記事が配信され、非常に高い関心が寄せられていることを目の当たりにしたのです。

性染色体はXX型(=女性)なのに
男性として判定される人がいる

 そして、実はトゲネズミで明らかになったこの仕組み、類似したものがヒトにも存在することがわかっています。

 ヒトの染色体や遺伝子のバリエーションとして、SOX9遺伝子の調節配列の重複が原因となる例が報告されています。トゲネズミのオスと同様に、エンハンサーを含む配列が重複していることで、SRY遺伝子がなくてもSOX9遺伝子の発現が増大されるため、性染色体はXX型であっても男性の表現型となるのです。

 ヒトではまだSRY遺伝子に依存した仕組みを保っており、こういった例は性分化疾患として現在は医療の対象となっています。しかし、ヒトのY染色体が消えて失くなってしまった時、このような変異が性決定を担う可能性は十分に考えられます。

 生物学的な性や社会的な性のバリエーションを、単なる疾患や例外的なマイノリティであると捉えるネガティブな考えが、社会には未だ根強くあります。しかし、ヒトが生物として進化していく上で、バリエーションは必要なもので、必然的に生まれてくるものです。いい換えると、性のバリエーションには生物学的に重要な意義があるのです。

 Yがなくてもオスが生まれるこの素晴らしい進化は、琉球列島の豊かな自然が育んだものです。自然環境が豊かであるほど、生物の多様性は守られます。つまり、多様であることは豊かさの証拠なのです。

 ヒトの性の在り方も同じです。その多様性やバリエーションが守られ、受け入れられる社会こそが、真に豊かな社会でしょう。