研究の結果、もともとY染色体上にあった遺伝子のうち6個のみが、X染色体の末端部分に移動(転座)し、生き残っていることがわかりました。つまりこの6個は、オスが機能するために必要最低限の遺伝子であるということです。
ただし、メスも同じX染色体をもつため、これら元Y遺伝子をもっています。本来、これらの遺伝子はY染色体上にあるため、オスにしか発現しないのですが、トゲネズミではオスに限らず、大変不思議なことにメスの卵巣や脳でも発現していることがわかっています。
この研究からいえることは、Y染色体はどうしても重要な数個の遺伝子を他の染色体に逃がしてやりさえすれば、消えることができる、ということです。
そして、SRY遺伝子に代わる何かが性決定のスイッチを入れることができれば精巣ができ、そしてX染色体にある元Y遺伝子の働きにより、精巣内で精子がつくられる、つまりY染色体がなくても機能的なオスが生まれる、というストーリーが完成しました。
私たちのY染色体がいつか消えてしまったとしても、男性が生まれることを可能にする進化の道筋を示すことができたのです。
性染色体ではなかった染色体が
性染色体へと転換していく
最後に、肝心の性決定のスイッチを明らかにする必要がありますが、これには実に、とても長い年月がかかりました。ヒトを含む哺乳類のゲノムには、とても大きな性差がありますが、トゲネズミのゲノムの性差はとても小さいもので、簡単には見つからなかったのです。
アマミトゲネズミの雌雄のゲノムを解読し、比較してやっと見つかった性差は、SOX9という遺伝子の調節配列でした。SOX9遺伝子はSRY遺伝子の直接のターゲットになる遺伝子です。
SRY遺伝子がSOX9に働きかけ、SOX9の発現を促進させることで精巣分化が進みます。
この時、SRY遺伝子はエンハンサー(*1)とよばれる調節配列を使ってSOX9の発現を増大させるのですが、トゲネズミのオスは、このエンハンサーを含む領域が重複していて2つもっていました。メスには重複がなく1つのみです。
つまり、トゲネズミではエンハンサーを2倍もつことで、SRY遺伝子がなくてもSOX9の発現を増やすことができ、精巣分化が進んでオスになる、という仕組みが明らかになったのです。
*1 遺伝子が働く時期や遺伝子産物の量を調節する塩基配列のこと。エンハンサーとよばれる調節領域は、遺伝子産物の量を増大させる働きをもつ。