2001年に経営学分野で最高峰の学術雑誌『アカデミー・オブ・マネジメントレビュー』上で発表されて以来、アントレプレナーシップや価値創造など幅広い領域に大きなインパクトを与えてきた「エフェクチュエーション」についての日本初の入門書、『エフェクチュエーション 優れた起業家が実践する「5つの原則」』が発売されました。
多くの人にとっては耳慣れない「エフェクチュエーション』という概念について知っていただくため、本連載では同書の一部を紹介していきます。第3回は、「エフェクチュエーション」を構成する「5つの原則」について解説します。(初出:2023年9月4日)

優れた起業家が実践する、エフェクチュエーション「5つの原則」とは【書籍オンライン編集部セレクション】イラスト:山内庸資

これまでの経営学が重視してきたコーゼーション(因果論)

 目的に対して最適な手段を追求するコーゼーションのプロセスでは、スタート時点で具体的な目的、すなわちターゲットとする市場機会(ビジネスチャンス)が特定されている必要があります。そのうえで、顧客のニーズや、競合する企業や製品・サービスについて分析をするために、体系的なマーケティング・リサーチが実施され、それをもとに期待利益(どれくらいのリターンが期待できそうか、また成功確率はどれくらいか)を予測して、できるだけ正しい戦略計画を策定することが重視されます。最適な計画・戦略が策定できれば、それを実行するために必要な資源を調達・配分して、計画通りに実行することで当初の目標を達成することが目指されます(図参照)。

コーゼーションの図出所:Readら2009をもとに筆者作成

 コーゼーションは、予測に基づいて機会を特定したうえで、成功する見込みの高いプロジェクトに効率的に経営資源を配分することが可能な、合理的なアプローチです。その重要性は、今日までの経営学、ならびにビジネス実践において広く浸透しています。

 たとえば、新製品開発プロセスにおける複数のステージを区別し、「ゲート」と呼ばれるチェックポイントで各ステージの品質を評価することで、質の悪いプロジェクトを早い段階で排除しつつ、貴重な資源を有効なプロジェクトに集中する「ステージゲート・システム」や、潜在顧客や競合の状態をさまざまなデータやマーケティング・リサーチを用いて理解しながら、適切なセグメンテーション・ターゲティング・ポジショニング(STPとも呼ばれます)を設計するマーケティング戦略構築の中核的なステップも、コーゼーションの考え方を前提としているといえるでしょう。

 ただし、それが有効であるのは、企業にとって当初から目的が明確であり、また環境が分析に基づいて予測可能な場合に限られることには注意が必要です。一方で、従来存在しなかった事業や市場が新たに創造されるような場合には、着手する時点で目的と機会が明確に見えているとは限りません。また限られた資源しか持たない起業家にとっては、仮に明確な目的が見えていても、資源を調達できない限り機会は実現できないことになります。つまり、環境の不確実性が高い場合や活用できる資源に制約がある場合に、コーゼーションのアプローチではすぐに行き詰ってしまうのです。

エフェクチュエーションの5つの原則

 それでは、いまだ存在しない市場のように、コーゼーションではアプローチできない高い不確実性に対して、調査対象者の熟達した起業家はどのような意思決定を行っていたのでしょうか。彼らが不確実性に対処するうえで用いる意思決定の論理は、目的ではなく一組の手段を所与とし、それを活用して生み出すことのできる効果(effect)を重視するという特徴があったことから、「エフェクチュエーション(effectuation:実効理論)」と名付けられました。具体的には、5つの思考様式が特定されていますので、その意思決定のプロセスに沿って特徴を確認していきましょう(図参照)。それぞれの思考様式には、少し変わった名前が付けられていますが、その意味については後の章で確認していきたいと思います。

エフェクチュエーション出所:Read ら 2009をもとに筆者作成

 まず、熟達した起業家には、最初から市場機会や明確な目的が見えなくとも、彼がすでに持っている「手持ちの手段(資源)」を活用することで、「何ができるか」というアイデアを発想する、という意思決定のパターンが見られました。このように「目的主導(goal-driven)」ではなく「手段主導(means-driven)」で何ができるかを発想し着手する思考様式は、「手中の鳥(bird-in-hand)の原則」と呼ばれます。

 次に、「何ができるか」のアイデアを実行に移す段階では、期待できるリターンの大きさ(期待利益)ではなく、逆にうまくいかなかった場合のダウンサイドのリスクを考慮して、その際に起きうる損失が許容できるかという基準でコミットメントが行われます。これは「許容可能な損失(affordable loss)の原則」と呼ばれます。

 これらの考え方を用いて、熟達した起業家は結果がまったく不確実であったとしても、「何ができるか」についての具体的なアイデアを生み出し、行動に移すことが可能になります。その際、コーゼーションの発想であれば、事前に誰が顧客で誰が競合かを識別し、市場の機会や脅威を予測しようとしますが、エフェクチュエーションの発想で行動する熟達した起業家は、むしろコミットメントを提供してくれる可能性のある、あらゆるステークホルダーとパートナーシップの構築を模索する傾向がありました。これは、「クレイジーキルト(crazy-quilt)の原則」と呼ばれます。

 相互作用の結果として、パートナーのコミットメントが獲得されると、起業家の活動には、参画したパートナーがもたらす「新たな手段」が加わるため、プロセスの出発点であった「手持ちの手段(資源)」が拡張され、もう一度パートナーとともに「何ができるか」を問うことになります。先ほどの図でいえば、上側のフィードバックループに従ってサイクルが回ることを意味します。

 このように、行動の結果として構築されるパートナーシップを組み込みながら、エフェクチュエーションのプロセスは拡大しつつ何度も繰り返されることになります。さらに、パートナーがもたらすものは彼らが持つ「手段」だけではなく、新たな「目的」ももたらすことが考えられます。したがって、先ほどの図の下側のフィードバックループのように、パートナーが持ち込む新たな目的もまた、「何ができるか」の方向性に影響を与え、行動を改めて定義しながら、プロセスが繰り返されるのです。

 このように、予期せずしてパートナーからもたらされた手段や目的を受け入れ、それを積極的に活用しようとする姿勢は、偶然をテコとして活用しようとする「レモネード(lemonade)の原則」とも関係しています。熟達した起業家は、偶然手にしてしまったもの、もたらされたものを受け入れたうえで、それを自らの「手持ちの手段(資源)」の拡張機会としてポジティブにリフレーミングする傾向がありました。たとえば失敗や思った通りに進まない現実も学習機会と捉え、新たな行動を生み出すために活用しようとするのです。

 以上のエフェクチュエーションのプロセスでは、未来の結果に関する「予測」をまったく必要としないことがわかるでしょう。結果が予測できない高い不確実性のなかでも、起業家は自らがコントロール可能な活動に集中し、このプロセスを回し続けることによって、彼自身ですら最初には思いもしなかったような新しい製品・事業・市場の可能性に至るのです。このように、高い不確実性に対処するうえで熟達した起業家は、最適なアプローチを事前に予測しようと努力するかわりに、自分自身がコントロール可能な要素に行動を集中させることによって、予測ではなくコントロールによって望ましい結果を生み出そうとするのです。こうした思考様式は、「飛行機のパイロット(pilot-in-the-plane)の原則」と呼ばれています。