知識創造経営のコンセプトの生みの親である世界的経営学者の野中郁次郎氏と、野中氏の研究パートナーで『利益や売上げばかり考える人は、なぜ失敗してしまうのかーードラッカー、松下幸之助、稲盛和夫からサンデル、ユヌスまでが説く成功法則』の著者、目的工学研究所所長の紺野登氏との対談後編をお送りする。
野中氏は「経営者の主観を排除したサイエンスに基づく経営は成り立たない」と説き、紺野氏は「目的と手段の間に相互に起こるフィードバックの中でイノベーションが生まれる」と主張する。対談の後編では、目的に近づいていくための実践的リーダーシップについて語る。(構成/曲沼美恵)

リーダーシップを追求すると
経営はサイエンスではないことがわかる

野中郁次郎(のなか・いくじろう) 
一橋大学名誉教授
早稲田大学政治経済学部卒業。富士電機製造(株)勤務ののち、カリフォルニア大学経営大学院(バークレー校)にて博士号(Ph.D)を取得。南山大学経営学部教授、防衛大学校教授、一橋大学産業経済研究所教授、北陸先端科学技術大学院大学教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授を経て現職。カリフォルニア大学経営大学院(バークレー校)ゼロックス知識学名誉ファカルティースカラー、クレアモント大学大学院ドラッカー・スクール名誉スカラー、早稲田大学特命教授を併任。知識創造理論を世界に広め、ナレッジ・マネジメントの権威として、海外での講演も多数。論文、著書多数。

野中 紺野さんとの出会いは1990年頃、その後その成果をもとに1995年、日本経済新聞社から『知力経営』という本を出しました。あれはたしか、その翌年、フィナンシャルタイムズから賞もいただきましたね。

紺野 あの頃、私はまだ博報堂におりまして、デザインマネジメントを研究していました。当時から広告代理店というものは単にメディアを売るビジネスではなく、企業に対する知のアウトソーシングも含めてできるような組織になるべきだという議論があり、そのための方法論を模索していた時に野中先生の理論に触れ、門を叩かせていただいた。当時はまだ「知識創造」という言葉を使われていなくて、「情報創造」という言葉を使われていたかと思います。

野中 そうでした。それで、一緒に「デザインとは何ぞや」ということを調べていって、情報創造から知識創造へ、さらには、それを実践するには体系だった「場」も必要だろう、ということが見えてきた。場の論文に関しては、紺野さんと一緒に英語で書いたカリフォルニア・マネジメントレビューに載ったものが最初でした。

紺野 そう、あれは1998年です。そこから、だんだんと場を運営していくためのリーダーシップも必要であるという話になり、2007年に共著で出させていただいた『美徳の経営』(NTT出版)へとつながっていきます。

野中 リーダーシップという問題を深く追求していくと、結局、「何がグッド」かという価値判断にかかわるテーマを扱わざるをえなくなる。実際のマネジメントというのは、そうした主観に基づく価値判断を個別具体例から紡いでいって普遍的にしていくところにおもしろさがある訳ですから、主観を完全に排除したサイエンスとしての経営学というのは、本来、あり得ない話です。