37万部のベストセラーとなった『「学力」の経済学』(中室牧子著)から早9年。教育分野にはすっかり「科学的根拠(エビデンス)」という言葉が根付いた。とはいえ、ジャーナリストや教育関係者が「科学的根拠」として紹介しているものには、信頼性の低い研究も多い。
そこで、中室牧子氏がみずから、世界で最も権威のある学術論文誌の中から信頼性の高い研究を厳選、これ以上ないくらいわかりやすく解説した待望の新刊が発売された
「勉強できない子をできる子に変える3つの秘策とは?」「学力の高い友人と同じグループになると学力が下がる」といった学力に関する研究だけでなく、「小学校の学内順位は将来の年収に影響する」「スポーツをすると将来の年収が上がる」といった、「学校を卒業した後の人生の本番で役に立つ教育」に関する研究が満載。育児に悩む親や教員はもちろん、「人を育てる」役割を担う人にとって必ず役に立つ知見が凝縮された本に仕上がった。
待望の新刊『科学的根拠(エビデンス)で子育て』の中から、一部を特別に公開する。

友達と「チーム」を組んで勉強すると、教わる側の子は成績が上がる。では教える側は?Photo: Adobe Stock

「チーム」を組ませて勉強させると、子どもの勉強量が増える

「勉強ができない子をできる子に変える」ために、私がおすすめする3つ目の秘策は、子どもたちを(少数の)チームにして勉強させるということです。チームを組むことで、パフォーマンスが高くなるのは子どもだけではありません。大人も同じです。

 アメリカで全国にチェーン展開するスーパーマーケットのレジ係を対象にした研究では、同じシフトの中にバーコードの価格をすばやく読み取ることのできる生産性の高いレジ係が1人入るだけで、ほかのレジ係の生産性も向上することがわかったのです(*1)。

 同じシフトのレジ係の作業量が一目瞭然のため、自分の仕事量がほかの人よりも少ないと申し訳ないとか、会社や同僚に迷惑をかけてはいけないという気持ちが働いたものとみられます。

 個人ではなくチームに金銭的インセンティブを与えることの効果について調べた研究があります。早稲田大学の大湾秀雄教授らは、カリフォルニア州の衣料品工場で、個人ではなくチームの成果に応じた報酬に変えた場合に、労働者の生産性が14%も高まったと報告しています(*2)。

 チームを組むことで、正の「ピア効果」が生じるからです。ピア効果とは仲間や同僚が互いの行動や生産性に影響を与え合うことを指します。ここでは、チーム内でそれぞれが得意なことに特化することで、互いに補完し合い、教え合うということが起こったようです。

 その証拠に、チームに対する金銭的インセンティブの効果は、生産工程が複雑になるほど大きくなっていました(*2)。

友だちとチームを組むことで勉強量が増える

 こうした知見を、勉強に応用することはできないのでしょうか。「三人寄れば文殊の知恵」と言います。

 アメリカのカリフォルニア大学サンタバーバラ校で約1000人の大学生を対象にした実験は、まさにこのことを明らかにしようとして行われました。

 この実験では、大学生は次の4つのグループのいずれかにランダムに割り当てられました(*3)。

実験のグループ分け

グループ1 自習室へ1回行くごとに300円(2ドル)が支払われ、4回以上自習室に行くと3750円(25ドル)の追加ボーナスを得られる(個人の成果に対する報酬)

グループ2 自習室へ1回行くごとに300円(2ドル)が支払われ、ランダムに割り当てられた2人1組で合計4回以上自習室に行くと3750円(25ドル)の追加ボーナスを得られる。必ずしも2人が同時に自習室に行く必要はない。2人は互いの名前と連絡先を知っている(顕名のチームの成果に対する報酬)

グループ3 グループ2と同じだが、2人は互いの名前も連絡先も知らない(匿名のチームの成果に対する報酬)

グループ4 自習室へ1回行くごとに300円(2ドル)が支払われる(ほかの3つのグループと比較するための対照群)

 実験が行われた2週間のあいだに、4つのグループの大学生は、それぞれ何回自習室に行ったのでしょうか。その結果が図1に示されています。

友達と「チーム」を組んで勉強すると、教わる側の子は成績が上がる。では教える側は?図1 個人よりもチームのほうが自習室へ通った回数が多い

 自習室へ行った回数は、グループ2がもっとも多く、グループ1よりも20%も多かったことがわかります。しかし、グループ3は、むしろグループ1よりも27%低いという結果になりました。

 つまり、チームを組むことは有効ですが、チームを組む相手が知り合いのときに限られるということのようです。

 また、表1では1人あたりの報酬を計算しています。これを見ると、1人あたりの報酬は、グループ1よりも、グループ2やグループ3のほうが低いですから、個人よりもチームに対する報酬のほうが安上がりだと言えそうです。

友達と「チーム」を組んで勉強すると、教わる側の子は成績が上がる。では教える側は?表1 個人よりもチームに対する報酬のほうが費用対効果が高い

 どうして、チームを組む相手が知り合いのほうが効果的なのでしょうか。

 経済学では、組織内で生じる共感、忠誠心、罪悪感などを「社会的プレッシャー」と呼んでいます(*4)。互いが知り合いでなければ、社会的プレッシャーがかからないからだと考えられます。

 アメリカの大学で行われた別の実験では、個人ではなくチームに報酬を支払った場合に、スポーツジムに通う回数が変わるかどうかを検証しています。

 この実験によると、互いが知り合いのチームに報酬を与えると、個人に対して報酬を与えるよりも、スポーツジムに通う回数が25%も多くなったということです(*5)。

 特に、親しい友人とチームを組むことになった大学生は、互いに時間を合わせてスポーツジムに行くようになったそうですから、スポーツジムに行くことが楽しくなったのかもしれませんし、友人の期待を裏切りたくない、迷惑をかけたくないという気持ちが生じたのかもしれません。

チームを組んでも、勉強ができる子は損をしない

 チームで勉強すると、チーム内で教え合うというピア効果が強まるとすれば、教えてもらう側の勉強ができない子が得をして、教える側の勉強ができる子は損をするのではないかということが心配になります。

 しかし、心配には及びません。慶應義塾大学の亀井憲樹教授らの研究によれば、能力の高い学生と低い学生でペアを作り、その後の成績がどうなったかを見た実験では、能力の高い学生は足をひっぱられることなく、能力の低い学生の成績が大きく向上したことが示されています(*6)。

 前出のカリフォルニア州の衣料品工場を舞台にした大湾教授らの研究では、生産性の高い労働者ほど、チームで働くことを選ぶ傾向があることを明らかにしています(*3)。

 これは驚きの発見です。チームに対して報酬が与えられると、生産性の高い人ほど損をしてしまいますから、チームで働くよりも個人で働くことを選ぶはずだからです。

 しかし、現実には、生産性の高い労働者はチームで働くことを選ぶというわけですから、人は必ずしも金銭的インセンティブのみに反応するわけではないことがわかります。

 私は以前、ある有識者会議で、東進ハイスクールの運営などで有名な株式会社ナガセの永瀬昭幸社長にお目にかかったことがあります。その時、永瀬社長が「経験的には、チームで勉強させると、伸びるのは勉強ができない子だけではなく、勉強ができる子も伸びる」とおっしゃったことがとても印象に残っています。

 永瀬社長は、その理由を「教えることこそ、もっとも効果的に学ぶこと」だからだとおっしゃいました。確かに、大学で人に教える経験をすると、自分がきちんとわかっていないことを人に教えることはできないとつくづく感じます。学生になんとか理解してもらおうと工夫することを通じて、自分の理解が深まったという経験も少なくありませんでした。

 同じチームの同級生に教えることは、同級生を助けるだけでなく、自分も成長できるチャンスなのかもしれません。

参考文献
*1 Mas, A., & Moretti, E. (2009). Peers at work. American Economic Review, 99(1), 112-145.
*2 Hamilton, B. H., Nickerson, J. A., & Owan, H. (2003). Team incentives and worker heterogeneity: An empirical analysis of the impact of teams on productivity and participation. Journal of Political Economy, 111(3), 465-497.
*3 Babcock, P., Bedard, K., Charness, G., Hartman, J., & Royer, H. (2015). Letting down the team? Social effects of team incentives. Journal of the European Economic Association, 13(5), 841-870.
*4 Kandel, E., & Lazear, E. P. (1992). Peer pressure and partnerships. Journal of Political Economy, 100(4), 801-817.
*5 Babcock, P., Bedard, K., Fischer, S., & Hartman, J. (2020). Coordination and contagion: Individual connections and peer mechanisms in a randomized field experiment. Journal of Public Economics, 185, 104069.
*6 Kamei, K., & Ashworth, J. (2023). Peer learning in teams and work performance: Evidence from a randomized field experiment. Journal of Economic Behavior & Organization, 207, 413-432.

(この記事は、『科学的根拠(エビデンス)で子育て』の内容を抜粋・編集したものです)