聴衆理解のもう1つの重要性は、聞き手側との間に共感を生む点にあります。聞き手が共感しやすい話題や事例を取り上げる、または聞き手の状態に共感を示すことで、相手との間に信頼関係を築きやすくなります。そして、信頼関係はメッセージの受け取りやすさに直結する重要な前提条件となります。

 たとえば、洗濯用洗剤を子育て世帯の方に向けて営業するとします。

 その際、最初からその成分の有効性やどれほど汚れを落とせるのか、という機能面の説明からコミュニケーションを始めるよりも、「調べたところ世の中の75%の親が、子どもの外遊びや運動での汚れを落とすための、つけおき洗いに苦労されているんです。私自身にも子どもがいて、平日なのに洗濯に時間を取られて実に困っているんです」等と前提の背景や抱えている問題に共感性を生むようにコミュニケーションを始めたほうが、その後のメッセージの受け取りやすさは変わってくるでしょう。

共感が導く解決策
相手を理解し、信頼を築く

 別のケースとして、あるプロジェクトの進行の遅れについて、その責任者であるメンバーが上司であるあなたに悩みを持ち込んだとします。

 そのとき、やるべきことを直ちに指示するよりも、「ああそれはつらいね。私も以前同じような状況になったことがあって、不安やストレスを抱えていたんだよ。君の気持ちはよくわかります。一緒に解決策を考えよう」と一言添えた上で本題に入るほうが、その後のアクションに対する本人の意志も得やすくなるでしょう。

 ほかにも、その人物が本題への単刀直入な表現を好むのか、関係性の構築にまずは重きを置くタイプなのか、立場を重んじたフォーマルな言葉遣いを好むのか、距離を近づけるようなカジュアルな物言いが好きなのか等、それぞれの相手の趣向を理解しておくことが重要です。

 反対に、聴衆理解が欠如したままコミュニケーションを取り運ぶとどうなるか。その影響は容易に想像できるでしょう。

 会場のほとんどが知っている背景知識を長々と説明するプレゼンテーション。専門性も知識もない相手に対して、細かいグラフやデータを見せ続ける解説。紋切り型の接客。感情的になっている相手に滔々とロジックで説き伏せる説得。このような聴衆理解を欠くコミュニケーションは、相手を置き去りにし、関心を失わせ、信頼を損ないます。

「準備したことを一度も噛まずに完璧に発表できたぞ」とプレゼンターがいくら満足しようとも、コミュニケーションが果たすべき役割は実現されないのです。