インベスターZで学ぶ経済教室『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク

三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第153回は、金融不安に備える究極の「避難先」について論じる。

国家の枠を超えた究極の「避難先」

 投資部の新主将の渡辺は金を投資の世界の「究極の守り」と説く。ドルや円など通貨の信頼が揺らいだとき、唯一頼りになるのは無国籍通貨である金だという。日本という国家の破綻すら想定せよ、と力説する渡辺を主人公・財前孝史は「極度の心配性では」といぶかる。

 私が金への投資を始めたのは2008年3月だった。理由は、渡辺が指摘する「絶対ないなんてことはない」という事態、世界の金融システムの崩壊というリスクに備えたいと思ったからだった。

 無国籍通貨は金の定番の枕詞だ。この表現には2つの側面がある。ひとつは国家の枠を超える究極の「避難先」という意味合い。もうひとつは、金はあくまで通貨の選択肢のひとつであり、投資の文脈で保有するロジックを説明しにくいという含意だ。

 金は利息を生まず、「ただ金であり続ける」だけのマテリアルだ。株式や債券、不動産の本源的価値は将来生み出すキャッシュフローから理論値を算出できるが、価値を生まない金は円やドル、ユーロなどの紙幣に近い。

 値動きのクセが他の資産と違うので分散効果は見込めるものの、私はそこにはあまり魅力を感じない。投資の狙いは、既存の金融システムの「枠の外」に資産の一部を逃がしておきたいという点にある。今、中国や新興国の中央銀行や世界中の個人投資家が、連動するETFを含めて金にシフトしているのは同じような発想だろう。

 話を2008年の金投資デビューに戻す。きっかけは投資銀行ベア・スターンズの経営危機だった。当時、私は投資情報誌「日経ヴェリタス」の創刊メンバーとしてマーケット周りを担当していた。その前年、2007年の夏から金融市場は非常事態にあった。証券化商品やインターバンク(銀行間取引市場)の一部が機能不全に陥っていた。

「すべて崩れ落ちようとしている」

漫画インベスターZ 18巻P29『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク

 ベア・スターンズの破綻直前に危機のレベルは一気に跳ね上がった。市場関係者の間で「カウンターパーティー(取引相手)リスク」という言葉が飛び交い出したのだ。

 金融取引の相手が決済前に破綻してしまうリスクを指すこの用語は、危機前まで大手金融機関の間ではまったく無視されていた、いわば杞憂だった。そんなリスクを気にしていては、日々、巨額のマネ―をやり取りするマーケットが成り立たないからだ。

 この頃、長年の取材先の金融機関幹部は「我々が10年、20年と積み上げてきたものがすべて崩れ落ちようとしている」と恐怖に駆られた声で漏らした。「投資銀行かヘッジファンドの一部が連鎖破綻するかもしれない」という自分の想定は甘く、金融システム全体が機能不全に陥るリスクがあるのだと気づいた。

「有事の金」の人気はどうか探ろうと、田中貴金属の銀座本店に足を運んだ。地金取引のフロアは金の延べ棒を求める人々でいっぱいだった。

 机に積まれた帯封付きの札束を職員が次々と紙幣カウンターに差し込み、機械音とともに紙のこすり上げられる音が部屋に響いていた。私も少額ながら現物の金塊を買い、ズシリと来る重みを味わった。

 社に帰り、商品相場の取材経験が長い同僚に話すと「現物は保管が大変だから口座に置いておいた方がいい」と助言された。「貴金属業者どころか、国の破綻や預金封鎖のような事態をヘッジしたいのだから、それでは意味がない」と答えると、呆れ顔で笑われた。

 その半年後、リーマン・ショックが起きた。一時は白川方明日銀総裁(当時)が「ドルの流動性が枯渇した」と明言するまで危機は深まった。

 現在、2008年3月に1グラム3000円台だった金価格は1万5000円に迫ろうとしている。

漫画インベスターZ 18巻P30『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク
漫画インベスターZ 18巻P31『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク