インベスターZで学ぶ経済教室『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク

三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第154回は、新NISAで改めて注目を集める長期投資の「勝率」を考える。

サイコロを振り続ければ…

「心配性で臆病な投資をする」と宣言する投資部の新主将の渡辺は、その基本となる投資法を「1に分散、2に長期、3に低コスト」と表現する。草食系の投資スタイルでも、時間をかけて資産を積み上げることは可能だと説く。

 新NISA時代の3原則は「積立・分散・長期」。渡辺が唱える「分散・長期・低コスト」とは少しズレがある。これは投資スタイルの違いと投資信託の商品性の変化を映したものだ。

 投信の手数料、特に「オルカン」のようなインデックスファンドのコストはこの十数年で劇的に下がった。「低コスト」はもはや前提であり、原則に入れるまでもない。

「低コスト」と「長期」は相性がいい。コスト低減は投資の期待値を底上げし、長期投資のリターンがマイナスになる確率を大きく下げてくれるからだ。

 2種類のサイコロを使った簡単なゲームで考えてみる。サイコロを何回か振って、出た目の平均が3.5を上回ったら「勝ち」、下回ったら「負け」というルールとする。

 まず普通のサイコロ。1から6の目が出る確率が同じなら、期待値は3.5だ。このサイコロを何回振ろうが、勝つか負けるかは丁半博打と同じ、五分五分だ。100回、1000回と回数を重ねるほど、大数の法則によって勝率は50%に収束していく。

 次に、1の目を2に入れ替えたサイコロ、つまり2の目がふたつあるサイコロを使う。期待値は約3.67と5%ほど高くなる。このわずかな違いが勝率を大きく変える。

 10回振った場合、出た目の平均が3.5を超える勝率は約64%。普通のサイコロより明確に有利だ。振る回数を100回にすると勝率は約87%まで高まり、1000回では99.98%とほぼ必勝となる。

30年の長期運用のリスクは?

漫画インベスターZ 18巻P51『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク

 長期投資でリスクが下がるのは「有利なサイコロを振る回数を増やせる」からだ。期待リターンが4%、リスク(標準偏差)が12%という資産に投資した場合、1年だけだと運用成績がマイナスになる確率は約37%とそれなりに高い。だが、運用期間が10年になれば15%以下、30年なら3.4%以下、50年であれば1%以下まで負ける確率は減る。

 さて、ここでサイコロゲームに戻ろう。今度は2つ目の有利なサイコロを振るたびに0.05の「手数料」を払わなければいけないとルールを修正してみる。出目の期待値は約3.62に下がる。これだけの変化で100回振った場合の勝率は87%から78%に落ちてしまう。

 サイコロの有利さの根源は投資の期待値がプラスであることだが、そこに低コストという要素が加われば、勝率を高めることができる。

 利息を生まない金の期待リターンは平時には低い。この視点から考えると、「投資の第一歩は金から」という作中の助言には賛同しかねる。どちらかといえば「有事の金」の側面に着目して投資の是非を考えるべきで、これは中上級者向けだろう。

 ついでにマイナスの期待値のインパクトから、ギャンブルに手を出してはいけない理由も考えてみよう。「0」と「00」のマスがあるアメリカンルーレットの場合、勝率の期待値はカジノ側が53%弱、プレイヤー側が47%強となる。

 エッジ(有利さ)はたった5%ほどだ。だが、1000回も勝負すれば、カジノ側が儲かる確率は優に9割を超える。ルーレットが回れば回るほど、あなたに勝ち目はない。

「期待値がプラスなのが投資、マイナスなのがギャンブル」という考え方はこのコラムでも紹介したことがあるが、こうして数字に落とし込むとその意味するところがよく分かるのではないか。

漫画インベスターZ 18巻P52『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク
漫画インベスターZ 18巻P53『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク