やってもやっても仕事が終わらない、前に進まない――。そんな状況に共感するビジネスパーソンは多いはずだ。事実、コロナ禍以降、私たちは一層仕事に圧迫されている。次々に押し寄せるオンライン会議やメール・チャットの返信、その隙間時間に日々のToDo処理をするのが精いっぱいで、「本当に大切なこと」に時間を割けない。そんな状況を変える一冊として全米で話題を呼び、多くの著名メディアでベストセラー、2024年年間ベストを受賞したのが『SLOW 仕事の減らし方』だ。これからの時代に求められる「知的労働者の働き方」の新基準とは? 今回は、本書の邦訳版の刊行を記念して、その一部を抜粋して紹介する。
「やらないことを決めるのは、やることを決めるのと同じくらい重要だ」
クオリティの追求は多くの場合、仕事のペースを落とすことに直結している。質を高めるために必要な集中は、多忙さと両立しないからだ。
知的労働の文脈で有名な例は、スティーブ・ジョブズの華麗な復活劇である。会社を追いだされていたジョブズが1997年に暫定CEOとして戻ってきたとき、アップルは四半期売上が30%も減少するという危機的状況にあった。
ジョブズはすぐに、製品ラインナップの広げすぎが同社の問題であると見抜いた(小売業者の要求に応じる形でアップルはコンピューターの種類をどんどん増やし、マッキントッシュだけでも10種類以上のバージョンを出していた)。ジョブズの伝記作家ウォルター・アイザックソンによると、ジョブズはトップマネジャーを集めて、シンプルな質問をした。
「友達にすすめるならどの機種がいい?」
マネジャーたちが答えに迷っているのを見て、ジョブズは製品ラインを4つに絞り込む決断をした。ビジネスユーザー向けのデスクトップとラップトップ、そしてカジュアルユーザー向けのデスクトップとラップトップ、それだけだ。どのマシンを買えばいいか迷う必要はなくなる。
同じく重要なのは、製品の種類を減らしたおかげで、アップルが品質と革新に集中できるようになったことだ。数は少なくても、誰にも負けないものを作る。カラフルで丸っこいiMacや、遊び心あふれるクラムシェルiBookが登場したのもこの時期だった。
量を減らして質を高める戦略は成功した。ジョブズが復帰して最初の会計年度は、まだ計画に取りかかったところだったため、アップルは10億ドル以上の損失を出した。それが翌年には、3億900万ドルの黒字に転じた。
「やらないことを決めるのは、やることを決めるのと同じくらい重要だ」とジョブズは言う。
仕事を減らせば、燃え尽きずに質の高い成果を出せる
身近な仕事でも同じだ。僕が実施した読者調査の回答には、シンプルさを選んでクオリティを上げた実例が数多く含まれていた。
たとえばコンサルタントのクリスは、メールを朝の1時間と夕方の30分だけに制限し、午後にはチーム全員がミーティングもチャットも電話もしない「ディープワーク」の時間を設けた。その結果、チームの仕事の質が目に見えて向上した。
リサーチディレクターをしているアビーも同様だ。彼女は「無数のプロジェクトに引き裂かれて」疲れきっていたため、働き方の戦略を転換し、主要なゴール2つだけに注力すると決めた。そのおかげで、目のまわるような忙しさからすっかり解放された。
(本稿は、『SLOW 仕事の減らし方~「本当に大切なこと」に頭を使うための3つのヒント』(カル・ニューポート著、高橋璃子訳)の内容を一部抜粋・編集したものです)