ビジネスの世界では「話し方」一つで大成功を手にすることもあれば、大損失を被ることもあります。ただし、口がうまいからと言って仕事ができるわけではなく、むしろ口下手の方が結果を出すケースも少なくありません。ビジネスで求められる実践的「話し方」とは?この特集ではあなたの「話し方」を劇的にアップデートする書籍を厳選しました。今回は『思いが伝わる、心が動く スピーチの教科書』から、普通の会社員でもまねできる!スティーブ・ジョブズの伝説的スピーチの極意をお届けします。(ダイヤモンド社デジタル編成部副部長・大堀達也)
社外で講演の機会が増える40~50代
ある日突然「スピーチ」の依頼が来たら?
40代~50代の働き盛りのビジネスパーソンには、仕事で関わった企業や団体、教育機関などから、特定分野の専門家として「講演してほしい」といった依頼が来ることも珍しくありません。業界や職種にかかわらず20年、30年…と経験を積んだ「その道のプロ」の見識は貴重です。そこから生み出される示唆に富む話を皆、聴きたがっているのです。
ところが、せっかくの講演の機会を前にして尻込みする人は少なくありません。大勢の聴衆に向けたスピーチは緊張します。話の構成を練るなどの準備作業も手間がかかります。その大変さは私も経験しました。
雑誌の記者・編集者になって四半世紀近くたち、若手が書いた原稿をチェックする立場の「デスク」になった頃、都内の自治体が運営する市民大学から講演の依頼がありました。
指定されたテーマは「AI(人工知能)の最前線」。ちょうどAIが新聞などメディアに取り上げられ始めた時期で、“平易な言葉でAIを語れる人物”を探していた市民大学のスタッフが、私が手掛けた特集記事を読んで声をかけてくれたのです。
しかし、記者はもの書きの専門家でありスピーチの専門家ではありません。記事で読者をうならせても講演で聴衆を魅了できるとは限りません。
また、市民大学の聴講者は60代~80代のシニア世代が大半で、AIのような先端技術にはなじみがないという懸念もありました。自動運転の利便性からロボット兵器の脅威に至るまで、話題が広範に及ぶAIの最新事情をうまく伝えることができるだろうか?…と不安になりました。
そうして迎えた当日。結果から言うと、幸いにも講演は盛況を博しました。直前に徹夜で作ったスライド資料や、苦肉の策で引用したユーチューブなどの動画サイトが奏功したのです。
しかし、成功裏に終わった余韻に浸ることはできませんでした。「もしスライドも動画もなかったら…」と想像して慄然(りつぜん)としたからです。「スピーチは思ったより難しい」というのが実感でした。
ソニー歴代トップのスピーチライターが
ジョブズの講演から導いた“心を動かす秘訣”
スピーチに苦手意識を持つ人が大勢いる一方で、常に聴衆を惹き付けてやまない「スピーチの達人」もいます。
例えば、アップルの創業者、故スティーブ・ジョブズは「プレゼンテーションの神」と称されるほどの名人でした。世界初のスマートフォンをはじめ画期的なテクノロジーの発表の場でもあったスピーチの数々は、ジョブズの生前から伝説の域に達していました。
ここで私たちが知っておくべきことは、ジョブズが、“他人には到底まねできない特異なパフォーマンス能力”を持っていたわけではないということ。普通のビジネスパーソンにもまねできる話し方と言えます。
『思いが伝わる、心が動く スピーチの教科書』の著者で、かつてソニーの社員として盛田昭夫氏、出井伸之氏など歴代トップの戦略スタッフやスピーチライターを務めた経験を持つ佐々木繁範氏(現CEOスピーチコンサルティング社長)は、本書のプロローグで次のように指摘しています。
「ジョブズのスピーチは、内容にせよ、構造にせよ、非常にシンプルで、私たちでも十分にまねできるもの」だと。
一例として佐々木氏は、ジョブズが2009年に米スタンフォード大学の卒業式で行った祝賀スピーチを挙げます。この講演でジョブズは、「ハングリーであれ、愚かであれ」と語りかけ、これから社会へと羽ばたく若者たちに身が震えるような感動を与えたといいます。
ただ、その内容に目を向けると、意外なことに難しい言葉や言い回しなどは一切なく、身ぶり手ぶりも控えめで、スライド一枚すら見せずに手元の資料を読みながら話すという、実に淡々としたスピーチだったそうです。
「特別なスピーチ技術やパフォーマンスがなくても実行できることばかり」だったと佐々木氏。にもかかわらず、ジョブズの言葉が、聴く者の心を揺さぶったのはなぜでしょうか。
この祝賀スピーチを分析した佐々木氏は、“聴衆の心に届くスピーチ”の要件を紹介しています。その一部を抜粋したのが次です。
・メッセージが明確である
・全体構造がしっかり組み立てられている
・一つ一つの話に合理的な理由付けがある
・聴衆の立場に立って、聴衆のために話している
これらは、古代ギリシャの哲学者アリストテレスが、“人を説得するスピーチの条件”として挙げた「論理性(ロゴス)」「情熱(パトス)」「信頼性(エ―トス)」なのだそうです。では、そうした条件を満たす素晴らしいスピーチのために、私たちはどんな準備をすればよいのでしょうか。
『思いが伝わる、心が動く スピーチの教科書』は、(1)「スピーチの核をつくる」、(2)「話を効果的に組み立てる」、(3)「原稿づくり、リハーサル、そして本番!」――という三つのパートで理想のスピーチを実現する“秘訣”を披露します。
目次/プロローグ/part1 スピーチの核をつくる 1章 相手を知る ─どんな場で、聴衆は何を期待しているか
part1 スピーチの核をつくる 2章 メッセージを絞る ─最も伝えたいことを明確にする
part2 話を効果的に組み立てる 3章 全体構成とボディ ─伝わりやすい構造、順番を考える
part2 話を効果的に組み立てる 4章 オープニング ─導入部で聴衆の注意を引きつける
part2 話を効果的に組み立てる 5章 クロージング ─記憶に残る終わりかた
part3 原稿づくり、リハーサル、そして本番! 6章 リハーサル ─原稿づくりから前日の準備まで
part3 原稿づくり、リハーサル、そして本番! 7章 デリバリー ─壇上での立ち振る舞いから質疑応答まで/エピローグ
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