幻肢痛の「痛み」は
本当は痛みではない?

 幻肢を自我の尺が変化することによって引き起こされる妄想体験だとしてみること。幻肢をポジティブな身体イメージとして捉えようとすること。幻肢痛の痛みを現在だけではない時間軸で考えてみること。雑談を通して気がついたのは、幻肢痛の「痛み」は、本当は痛みじゃないのではないかということだった。

 足を動かそうと命令を送っても当然足は無いのだからフィードバックが無い。つまり幻肢を動かすには足の筋肉とは違う回路で命令を送らなくてはいけない。その無いものへの働きかけが、通常の心や身体の信号では伝達がうまくいかず、そこで生じる誤作動がひとまず“幻肢痛”として知覚されているのではないだろうか。

 本当は「痛み」じゃないこの伝達は、過去または未来からのファントムかもしれない。

 最後に彼から「宇宙に行ったら幻肢はどうなるのか?」という問いをもらった。

 僕の妄想は広がっていたので、地球を飲み込むような幻肢ができたら面白いねと話していたが、彼からは「幻肢が過去の身体記憶に依拠しているなら、無重力空間でも幻肢だけが重力を感じているかもしれない」と指摘された。

 確かに!

 幻肢だけが重力を感じているって、どんな感じだろうか。そもそも本当に無重力空間でも幻肢をイメージできるのだろうか。

 現在様々なところで行なわれている当事者研究もそうだけど、幻肢痛も「痛み」ではないという可能性を考えて付き合ってみると、もっとポジティブな身体イメージとして今後の義足の歩行訓練などに活かせるかもしれない。

宇宙同書より転載 拡大画像表示