多くの企業で「1on1」が導入されるなど、職場での「コミュニケーション」を深めることが求められています。そのためには、マネジャーが「傾聴力」を磨くことが不可欠と言われますが、これが難しいのが現実。「傾聴」しているつもりだけれど、部下が表面的な話に終始したり、話が全然深まらなかったりしがちで、その沈黙を埋めるためにマネジャーがしゃべることで、部下がしらけきってしまう……。そんなマネジャーの悩みを受け止めてきた企業研修講師の小倉広氏が、心理学・心理療法の知見を踏まえながら、部下が心を開いてくれる「傾聴」の仕方を解説したのが『すごい傾聴』(ダイヤモンド社)という書籍。「ここまでわかりやすく傾聴について書かれた本はないだろう」「職場で活用したら、すぐに効果を感じた」と大反響を呼んでいます。本連載では、同書から抜粋・編集しながら、現場で使える「傾聴スキル」を紹介してまいります。
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時に、信念価値観が「生きづらさ」を生み出す
「相手の話に深く耳を傾ける」=「傾聴」において、相手が無意識的にもっている「信念価値観」にどう向き合うかは、非常に重要なポイントです。
信念とは「正しい」と信じる考えのこと。
価値観とは「大切だ」と感じる考えのこと。
つまり信念価値観とは、「これが正しい。これが大切だ」と感じたり、信じたりする「考え方」や「基準」のことです。
例えば、「人に迷惑をかけてはいけない」「正直でなければならない」「勤勉に働かなくてはならない」「怠けては(休んでは)いけない」などなど。僕たちは、幼少期~成人にかけて両親や学校の先生、そして会社の上司などから、さまざまな信念価値観をすり込まれます。だから、信念価値観を持っていない人はいません。そして、その信念価値観の数は少なくても数十から数百、千単位に及ぶことでしょう。
そして、一見すると、それら信念価値観の多くは、人生を幸福に過ごすために有用であるかに見えますが、それが硬直化して絶対的なものになると、逆に人生が生きづらくなります。
それらの存在は、僕たちにとってあまりにも当たり前すぎて、「それが存在すること」にすら気づいていません。だからこそ、「自分の信念価値観が正しく、それにそむく行動は間違いだ」と断罪したくなってしまう。その結果、時に人は他者との関係性を上手に築くことができず、「生きづらさ」を抱え込んでしまうことがあるのです。
相手の信念価値観にそっと触れる
だからこそ、「傾聴」において、相手の信念価値観と上手に向き合うことが大切になります。
例えば、あなたの部下が、一生懸命指導している後輩から距離を置かれて悩んでいるとしましょう。その部下の悩みに耳を傾けている中で、その部下が「常に目標を持つことが大切だ。そして、目標達成のためにのアクションプランを描くことが大切だ」といった固有の信念価値観をもっているのではないか、と感じることがあります。
そのような時には、決して押しつけにならないように、そっと「もしかしたら、君は『常に目標を持つことが大切だ。そして、目標達成のためにのアクションプランを描くことが大切だ』という信念価値観を持っていますか? 違ったら言ってくださいね」などと尋ねるといいでしょう。
もちろん、それが的外れなこともあるかもしれませんし、相手がそれを認めないこともあるかもしれません。しかし、時に、相手が「言われてみたら、確かにそうかも……」と気づくことがあります。
先ほどのケースで言えば、「常に成長を目指して、目標を立てて、アクションプランを立てて……それって当たり前のことだと思っていた」と部下が自身の信念価値観に気づくとともに、「でも、全員がそうじゃない。僕は、自分の考えを後輩におしつけていたのかな……」という洞察へと進むことができることがあるのです。無意識的にこだわっていた自分の信念価値観に気づくことで、「硬直化した思考」がふっとゆるむわけです。これこそが、「傾聴」の最大の効果だと言ってもいいでしょう。
相手の信念価値観を、絶対に否定してはならない
「傾聴」のプロセスで、このような「気づき」が起きるために重要なのは、聞き手であるあなたが、部下の信念価値観を否定せずに受容することです。もしも、あなたが部下の信念価値観を否定したら、部下はきっとそれに反発を覚えるでしょう。そして、自分の中にある無意識的な信念価値観の存在を、素直に認めることができなくなってしまうでしょう。あなたが、否定せずに受容するからこそ、部下も自分の信念価値観を受容することができるのです。
このように、質の高い「傾聴」では、相手の無自覚な信念価値観に聴き手がそっと触れて、それを否定せず受容し、「あなたには、○○という信念価値観があるんですねぇ」とソフトな形で、話し手の気づきを促します。
話し手は、無自覚な信念価値観が明確化されることで、自分の言動の背景にある「思い」に自ら気づき、硬直化した思考や執着心がふっとゆるむかもしれません。すると「あぁ、こうすればよかったんだ……」「こうしてみようかな……」などと、それまで気づかなかった選択肢が「降りて」くるのです。
皆さんにも「あの人と話すと、ふっと楽になる」「あの人と話すと、あ!という気づきがある」「あの人と話すと、なぜか元気になる」という人がいるかもしれませんが、そのような人物の多くは、人間が無意識的にもっている信念価値観をあたたかい目で見つめている人である可能性が高いと、私は思います。
信念価値観のリストを学ぶ
では、どうすれば、相手の信念価値観に気づくことができるでしょうか?
第一に必要なのは、どのような信念価値観があるかを知ることです。信念価値観は無数にありますが、代表的なものとしてニューメキシコ州にあるウイルボーン大学で作成された「パーソナルバリューカード」にある「65のリスト」が参考になるので、日本語に訳しておきましょう。(Personal Values Card Sort W.R. Miller, J.C’de Baca, D.B. Matthews, P.L. Wilbourne University of New Mexico,2001)
●受諾 ●正確 ●達成 ●冒険 ●身体的魅力 ●権威 ●自己決定 ●美しさ ●面倒を見る ●変化 ●快適 ●約束を守る ●貢献 ●協力 ●礼儀正しさ ●創造性 ●畏敬 ●成長 ●頼りになる ●環境適応 ●興奮 ●貞節 ●誠実 ●名誉 ●家族 ●健康 ●身体的能力 ●柔軟さ ●許す ●友好 ●遊び ●希望 ●謙虚 ●ユーモア ●勤勉 ●平安 ●親密 ●正義 ●知識 ●レジャー ●愛される ●愛する ●熟達 ●今ここマインドフル ●反抗 ●適度 ●オープンさ ●一夫一婦 ●秩序 ●情熱 ●快楽 ●人気 ●権力 ●目的 ●責任 ●合理性 ●現実性 ●リスクテイク ●ロマンス ●安全 ●自己受容 ●自己統制 ●自尊心 ●自己理解 ●献身 ●セクシャリティー ●シンプル ●孤独 ●スピリチュアルな成熟 ●安定 ●寛容 ●伝統 ●道徳 ●裕福 ●世界平和
このリストなどを参考にしながら、自分や相手がどのような信念価値観をもっているのかを洞察するといいでしょう。そして、相手の話を傾聴しながら、これらの信念価値観を表す言葉を次の例文に当てはめて、話し手にそっと投げかけてみてください。きっと、その相手と「深いコミュニケーション」ができる時が訪れるはずです。
「もしかしたら……あなたは○○が大切だ、○○すべき、という信念価値観をお持ちでしょうか?」
(この記事は、『すごい傾聴』の一部を抜粋・編集したものです)
企業研修講師、心理療法家(公認心理師)
大学卒業後新卒でリクルート入社。商品企画、情報誌編集などに携わり、組織人事コンサルティング室課長などを務める。その後、上場前後のベンチャー企業数社で取締役、代表取締役を務めたのち、株式会社小倉広事務所を設立、現在に至る。研修講師として、自らの失敗を赤裸々に語る体験談と、心理学の知見に裏打ちされた論理的内容で人気を博し、年300回、延べ受講者年間1万人を超える講演、研修に登壇。「行列ができる」講師として依頼が絶えない。
また22万部発行『アルフレッド・アドラー人生に革命が起きる100の言葉』(ダイヤモンド社)など著作48冊、累計発行部数100万部超のビジネス書著者であり、同時に心理療法家・スクールカウンセラーとしてビジネスパーソン・児童・保護者・教職員などを対象に個人面接を行っている。東京公認心理師協会正会員、日本ゲシュタルト療法学会正会員。