多くの企業で「1on1」が導入されるなど、職場での「コミュニケーション」を深めることが求められています。そのためには、マネジャーが「傾聴力」を磨くことが不可欠と言われますが、これが難しいのが現実。「傾聴」しているつもりだけれど、部下が表面的な話に終始したり、話が全然深まらなかったりしがちで、その沈黙を埋めるためにマネジャーがしゃべることで、部下がしらけきってしまう……。そんなマネジャーの悩みを受け止めてきた企業研修講師の小倉広氏が、心理学・心理療法の知見を踏まえながら、部下が心を開いてくれる「傾聴」の仕方を解説したのが『すごい傾聴』(ダイヤモンド社)という書籍。「ここまでわかりやすく傾聴について書かれた本はないだろう」「職場で活用したら、すぐに効果を感じた」と大反響を呼んでいます。本連載では、同書から抜粋・編集しながら、現場で使える「傾聴スキル」を紹介してまいります。

【聞き上手】三流は相手の「言葉」に注目し、二流は「表情」に注目する。では、一流は?写真はイメージです Photo: Adobe Stock

「ミラーリング」とは何か?

「ミラーリング」とは、相手の仕草や表情などを鏡のように映し出し相手に返すことです。

 一般的には「ラポール(親密性)のために行う」とされています。しかし、それは主ではなく副次的効果ではないか。ミラーリングの主な役割は、「情動調律」ではないかと私は思います。

「情動調律」とは、保育者が子どもの気持ちを察した上で共感し、笑顔とともに「嬉しかったんだね」と伝えたり、悲しそうな表情で「悲しかったんだね」と伝えることです。

 子どもは、体験を語るときに自分の感情が何という名前で、どのように表現するのかがよくわかっていません。そこで、保育者が代わりに言語、非言語で表現することで、子どもはそれを視覚的、聴覚的に感じ取り、「感情の存在」と「表現」を体験。そして、「情動調律」により自分は感情を感じ、それを表現してもよいのだと学習するのです。

自分の「感情」を受け入れるプロセス

 これは「傾聴」の生みの親ともいうべきカール・ロジャーズが提唱した傾聴の目的、機能そのものです。

 私なりにロジャーズの考えをまとめれば、「聴き手が傾聴している態度が自然に話し手にコピーされ、話し手が自分自身を傾聴できるようになる。すると、話し手が自己否定とそれに伴う防衛的な行動をやめて、自分自身のままでいいのだと気づき、本来持っている能力、活力、魅力を出し惜しみせず発揮していけるようになる」ということですが、「情動調律」はそれと非常によく重なり合うもののように思われます。

 なぜなら、話し手が語る「悲しいエピソード」に共感した聴き手が「悲しい表情」を浮かべると、それを見た話し手は、自分のなかにある「悲しい」という感情を聴き手に肯定されたと感じて、自分でもその感情を受け入れることができる(=自分自身のままでいいのだと気づく)からです。

相手と同じ表情を「演技」してはいけない

 これは、おそらくミラーニューロンがかかわっているのではないかと思います。

 ミラーニューロンとは、霊長類など高等動物の脳内に存在する20世紀末に発見された神経細胞です。別名「ものまね細胞」とも呼ばれ、「他者の行動を見てあたかも自分も同じ行動を取っているかのように感じ、自分が行動している時と同じ活動電位を発生させる神経細胞」のことであり、「共感能力」を司っていると考えられています。ここから、以下のことが推測されます。

 聴き手が話し手の表情や身振りなどを見ることで脳内のミラーニューロンが反応し、話し手と同じ感情をごく自然に体験する。すると、聴き手も話し手と同じ感情を感じ、それが表情などで表現され、その結果、ごく自然にミラーリングが発生する。それは、子どもに対する大人の情動調律と同じ働きとなる。

 すると、話し手も「私は今ここで、ありのままの感情を表現してもいいのだ」と自己受容し、さらに自分を表現するようになる。それを繰り返すことにより、話し手は「自己一致(自己概念と実際の体験が一致している状態)」し、自分の能力、活力、魅力を隠すことなく存分に実現傾向を発揮し自己実現していく。このような一連の働きが、ミラーリングにより起きていると考えると、それが大変重要であることがよくわかると思います。

 ここでのポイントは、ミラーリングを単なる「テクニック=Doing」として捉えるのではなく、「体験=Being」として捉えること。つまり、単に相手の仕草や表情を真似てみることによって、役割演技として”いい人のふり”をするのではなく、「素の自分」のままであり続ける中で自然に行うことです。それにより、ミラーリングが本来の効果を発揮するのだと僕は思うのです。

自分に「OK」を出す

 現代のビジネスパーソンは表情が乏しく、自分の感情に対して極めて無自覚です。

 それは、幼少期の子育てや学校教育、成人してからの企業内教育などで感情の表出を暗黙的に禁じられているからではないかと思います。

 現代人は、「怒ってはいけない」「落ち込んではいけない」「喜んではいけない」という暗黙の圧力を感じているうちに、自分の感情に対して無自覚、不感症になっている。これは、心理学の防衛機制でいうところの「否認」「抑圧」「歪曲」であり、それが本来自分を守るために行うはずが、自己不一致をつくりだし、本来持っている成長や自己実現への実現傾向を妨げてしまっているのではないでしょうか。

 ミラーリングはその過剰な「防衛機制」である感情の「否認」「抑圧」「歪曲」をやめ、自分に「OK」を出していくことを支援する一連のはたらきです。このミラーリングによる「情動調教」はそれは子どもだけではなく、現代の大人にとってこそ必要であると私は考えています。

相手の「言葉」ではなく、「表情」に反応する

 例えば、上司が部下の行動を見て「苛立ち」を体験しているとします。しかし、上司は「自分は優しく寛容だから苛立ちなど感じない」という自己概念を持っていると、自分のなかに存在する「苛立ち」という感情を否認して、「自分は優しく寛容」という”いい人仮面”をつけてしまいます。しかし、自分のなかにある「苛立ち」を受容することができなければ、この上司の人間的成長はありません。それに、この上司が”いい人仮面”をつけている限り、部下も”いい人仮面”をつけますから、お互いに嘘をつきあうだけの関係にしかなれません。

 しかし、この上司が、誰かに、部下との関係性の悩みについて「傾聴」してもらえればどうなるでしょうか? 上司はおそらく「私は部下に苛立ちを感じている」という言葉を口にすることはないでしょう。しかし、その上司が部下とのエピソードを語るときには、本人の意に反して、その表情や仕草には「苛立ち」が顔をのぞかせるはずです。それを聴き手がミラーリングすることで、その上司は、自分のなかにある「苛立ち」という感情に気づいたり、それを受け入れるきっかけを掴んだりできる可能性が生まれるわけです。

 このように、相手の「言葉」ではなく、相手の「仕草」や「表情」に反応することは、「傾聴」において非常に重要なことです。ただし、相手の「仕草」や「表情」を意識的に真似ることには意味がないことに注意が必要です。そうではなく、相手の語るエピソードに深く入り込む(追体験)するなかで、相手の仕草や表情に自然に反応することこそがミラーリングであり、そのときはじめて相手は「自分の感情にOKを出す」ことができるのです。つまり、三流の聴き手は相手の「言葉」に注目し、二流は「表情」に注目し、一流は相手の語るエピソードに「深く入り込む」のです。

(この記事は、『すごい傾聴』の一部を抜粋・編集したものです)

小倉 広(おぐら・ひろし)
企業研修講師、心理療法家(公認心理師)
大学卒業後新卒でリクルート入社。商品企画、情報誌編集などに携わり、組織人事コンサルティング室課長などを務める。その後、上場前後のベンチャー企業数社で取締役、代表取締役を務めたのち、株式会社小倉広事務所を設立、現在に至る。研修講師として、自らの失敗を赤裸々に語る体験談と、心理学の知見に裏打ちされた論理的内容で人気を博し、年300回、延べ受講者年間1万人を超える講演、研修に登壇。「行列ができる」講師として依頼が絶えない。
また22万部発行『アルフレッド・アドラー人生に革命が起きる100の言葉』(ダイヤモンド社)など著作48冊、累計発行部数100万部超のビジネス書著者であり、同時に心理療法家・スクールカウンセラーとしてビジネスパーソン・児童・保護者・教職員などを対象に個人面接を行っている。東京公認心理師協会正会員、日本ゲシュタルト療法学会正会員。