いまシリコンバレーをはじめ、世界で「ストイシズム」の教えが爆発的に広がっている。日本でも、ストイックな生き方が身につく『STOIC 人生の教科書ストイシズム』(ブリタニー・ポラット著、花塚恵訳)がついに刊行。佐藤優氏が「大きな理想を獲得するには禁欲が必要だ。この逆説の神髄をつかんだ者が勝利する」と評する一冊だ。同書の刊行に寄せて、ライターの小川晶子さんに寄稿いただいた。(ダイヤモンド社書籍編集局)
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負の感情に支配されるな
判断であれば、自分の力で消し去ることができる。
まったく、自分の意のままにできるもののせいで苦しんでいるのなら、あなたがあなたの意見を正すことを誰が妨げるというのか?(マルクス・アウレリウス『自省録』)
――『STOIC 人生の教科書ストイシズム』より
30年前、父がアイドル映像に上書きしたもの
「小川さんが怒っているの見たことない」とよく言われる。
実際、私ほど「怒り狂う」という言葉が似合わない人間もいないと思うのだが、過去には怒り狂ったことがある。我を失い、汚い言葉で罵り、足を踏み鳴らした。負の感情に支配されていたことを認めざるをえない。
もう30年ほど前だ。
私はとあるアイドルグループのライブ映像を入手していた。VHSのビデオテープである。これから何百回と見るであろう、そのビデオテープに貼られたシールには控えめにタイトルを書いておいた。家族みんなが使用しているビデオラックに、あまり派手なビデオがあるのは恥ずかしいからだ。
ある日、家に一人でいるとき、わくわくしながらそのビデオを再生した。すると、信じられないことが起こった。ライブ映像のかわりに、流れたのは囲碁番組であった! いまでもはっきりと覚えている。「囲碁の手筋・ヘボ筋」というタイトルが表示されたのだ。ヘボ筋って。私はワナワナと怒りに震えた。
父親が、私の大事なビデオテープに囲碁番組を録画して上書きしたことは明らかだった。なんてことをしてくれたのか。もう取り返しがつかない。私はこのとき、怒りの炎に包まれていたんじゃないかと思う。ここには書けないような言葉を発しながら暴れた。家にいるのが自分だけだったのが幸いだ。家族がいたら傷つけていたかもしれない。
「勝手な判断」で感情に流される
しかし現在の私は、いまこれを読んでいるあなたと同様、わがことながら「そんなに怒って、ばかじゃない?」と思っている。
「お父さんは頭がおかしい! どうでもいい番組を録画して私の大事な映像を消し去るなんて、嫌がらせだ!」
これはまったく、事実ではない私の「判断」である。そんなおかしな判断をして、自分を苦しめるなんてナンセンス以外のなにものでもない。父親はただ、毎週録画している囲碁番組を手近にあったテープに録っただけ。タイトルに何か書いてあっても、よくわからないからそれを使っただけだ。
上書きされたビデオテープを変えることはできないが、「判断」は自分の意のままに変えることができる。
負の感情に支配されず、「前向き」に考える
つまり、感情に支配されるのが頭の悪い考え方とすると、頭のいい考え方は「変えられるところを変えよう」という建設的な方向に意識を向けることだと言えるだろう。ビデオテープなら、上書きされないよう対策をする(隠しておく、ツメを折るなど)、いかに大事なものであるかをあらかじめ伝えておくといったことが考えられる。消えてしまった映像については、再度入手する方法を考えれば良い。
30年前の自分に会いに行って、マルクス・アウレリウスの言葉を伝えてあげたいものである。
(本原稿は、ブリタニー・ポラット著『STOIC 人生の教科書ストイシズム』〈花塚恵訳〉に関連した書き下ろし記事です)