北京オリンピックはこれまでになく「息苦しい大会」であると私は感じている。

 それは、なかなか改善されない大気汚染の問題だけではない。大会3週間前の7月14日、中国オリンピック組織委員会は「観戦規則」を発表した。それによると応援の横断幕やプラカードはダメ、同じ模様や色の服を集団で着るのもダメ。中国政府に対する批判的なメッセージがテレビ画面に映ることを防ぐためらしい。

 さらにテロを警戒する厳しい規制も敷かれている。地下鉄やバスに乗る時も空港並みのチェックが行われるという。パスポートや観戦チケットを持っていなければ乗れないのだ。また、会場には傘やカメラの三脚など、人に危害を与える可能性のある物、ライターなどの点火器具は持ち込めない。ペットボトル入り飲料も危険物が入っていないか、入口で飲ませてチェックするそうだ。

 こうした規制は観戦客だけでなく選手にも及ぶ。IDカードは常に着用を義務付けられ、開会式や閉会式ではカメラを持ち込んで記念撮影することも許されない。さらに選手村には酒や薬、おやつなどの持ち込みも禁じられている。息抜きはコンパクトプレーヤーで好きな音楽を聴くぐらいで、あとは禁欲生活を強いられるのである。

アウェーの戦いを強いられる
日本選手たち

 これらは各国の観戦客、選手に共通する規制だが、日本選手にはそれ以上のプレシャーがかかる。根強い「反日感情」だ。たとえば女子マラソン。誰もが沿道で観戦できる競技だけに不測の事態が起こらないよう、警備の警官は通常の3倍を動員する厳戒態勢が取られるといわれる。選手たちはその緊張感の中を走らなければならないのだ。

 実際の競技にもそうした空気は反映されそうだ。中国女子マラソンには周春秀というエースがいる。周はこの数年で金メダルが狙える実力者に成長した。中国国民は、アテネの覇者である野口みずきを周がせり落として、世界の頂点に立つシーンが見たいのだ。中国勢も周以外の2選手は、自分の成績は度外視して、日本選手のペースを乱すような揺さぶりをかけてくるかもしれない。そんな包囲網をものともせず野口が連覇を達成すれば、その分感動も大きくなるわけだが。

 他の競技でも同様のことは起こりかねない。日本がメダルを量産できそうな競技、女子レスリングや柔道、競泳などの選手にはかなりのブーイングが飛ぶ可能性がある。直接対決する体操、野球、ソフトボール、バレーボールなども会場には緊張した空気が漂うだろう。日本選手は完全にアウェーの戦いを強いられるのである。

 日本はアテネオリンピックで金16を含む史上最多の37個のメダルを獲得した。今大会の日本選手団・福田富昭団長はメダル獲得目標を「金2ケタ、総数30個以上が最低ライン」としたが、その期待を担うのは主にアテネのメダリスト。それ以外では有望な若手があまり見当たらず、しかもアウェーという厳しい環境で、アテネ並みの成績を残すのは難しいのではないだろうか。