インベスターZで学ぶ経済教室『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク

三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第164回は「高齢者の憩いの場」である接骨院に、社会保険料を投入することの是非を考える。

接骨院に集う「常連さん」

 膨張する医療費という日本の課題を巡る主人公・財前孝史と「ホリエモン」の議論は続く。閉鎖的な医療システムが高コスト化の背景にあると分析する財前たちは、ネットを通じてがんなどの予防の意識を高めることが重要という結論に至る。

 腰を痛めたり捻挫したりして接骨院に行った後、健康保険組合から電話が入って通院の経緯などについて質問を受けた経験はないだろうか。私自身、過去に何度かそんな問い合わせを受けた。接骨院が医療保険の不正受給の温床と見られているからだろう。単なるマッサージのための通院はもちろんのこと、慢性的な腰痛、ひざ痛なども保険の対象外だ。

 実際、20年ほど前に一時期通っていた接骨院では「常連さん」を多く見かけたものだ。私自身はジョギング中に痛めた腰の治療のために通っていたのだが、ほぼ毎回顔を合わせる中高年のご近所の面々は、膝や腰、背中に電気を流す軽い治療と10分ほどのマッサージを受ける人ばかり。それぞれどこかに不調を抱えている様子ではあったが、おそらく本来は保険の対象とはならないケースに見えた。

 その風景を見た私が「不正受給はけしからん」と思ったかと言うと、実はそうではない。むしろ「この接骨院は地域にとって大事な場になっている」と感心するとともに「予防医療の観点から、実は保険財政にプラスなのでは」とすら思った。

 接骨院のスタッフや恐らく柔道整復師のタマゴであろうバイトさんたちは、体育会系のノリで誰にでも元気に挨拶して、来院者の顔や名前はもちろん、家族構成から趣味まで把握していた。高齢者にとっては孫のような若者と接して元気をもらえる貴重な時間と空間になっていた。常連さん同士も顔なじみで治療の間もずっとおしゃべりを楽しんでいた。

 そうした場があることが高齢者のメンタルヘルス、ひいては健康寿命にプラスになるのは想像に難くない。施術者が継続して身体に接していれば、筋肉や関節以外の不調の前兆をつかむきっかけにもなるだろう。何より「手当て」という言葉が治療全般を指すように、人の手で触れてもらうことは人体にポジティブな影響がある。

「病気じゃないのに保険を使うな」は正論だが…

漫画インベスターZ 19巻P73『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク

 私はひねくれた人間なので「常連さんを囲い込むためにコミュニケーションを密にしているのだろう」とマーケティング的視点で運営を見ていたし、実際そういう面があるとは思う。しかし、それを割り引いても、高齢者にはかけがえのない居場所となっているのは否定できなかった。

 西洋医学と違って、漢方や接骨院、鍼などは、体力や免疫を整え、未病の段階で健康をキープする効果が見込める。特に高齢者は大きな病気で体力を落とすとリカバリーが大変で、いったん健康が崩れると入院や介護といった形でケアのコストは膨らむ。

 私が見た接骨院通いのご老人たちは、病院の待合室でみかける高齢者より笑顔にあふれて元気そうに見えた。だからこそ「病気じゃないのに保険を使うな」と批判されるのだろうし、その理屈も高い社会保険料を納める身として理解はできる。

 それでも、あの場が無くなったら、果たしてあの人たちの健康は保てるのだろうか、不正受給の摘発は本当に健保財政にプラスなのだろうか、という疑問はいまだに消えない。町で接骨院を見かけるたび、保険制度の中に予防医療として適切な位置づけを与えられないものだろうかと考える。

漫画インベスターZ 19巻P74『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク
漫画インベスターZ 19巻P75『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク