インベスターZで学ぶ経済教室『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク

三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから紐解く連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第162回は、エビデンスに基づいた医療情報の大切さを説く。

標準治療は「普通の治療法」ではない

 主人公・財前孝史は「ホリエモン」らと一緒に重粒子線を使ったがん治療について大学教授からレクチャーを受ける。選択的にがん細胞に打撃を与えられる重粒子線による放射線治療の威力について解説を受け、その有効性と治療費の高さに驚く。

 作中で紹介される重粒子線治療は日本が世界をリードするがん治療法だ。保険適用となるがんの範囲も広がり、恩恵をうける患者の数は増加傾向にある。

 がんの治療というと、保険適用外の代替治療をふくめ、「お金がかかる」というイメージが強い。民間保険で幅広く保障を確保しようという人も多いだろう。

 そうした選択自体は個人の自由であり、どうこう言うつもりはないが、医療については「保険が効く」という事実は、患者の金銭面の負担が軽いだけでなく、治療効果がエビデンスによって確認されている証しでもある。

 がんで言えば、いわゆる標準治療は「普通の治療法」ではなく、現時点で「最高の治療」と考えて差し支えない。

 保険対象外の代替療法は「効くか効かないかエビデンスがない」ならまだマシで、「効かないことが科学的にはっきりしている」ものや「標準治療から外れることで患者がデメリットを受ける治療」すら珍しくない。

『最高のがん治療』タイトルの意味

漫画インベスターZ 19巻P29『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク

『最高のがん治療』はエビデンスベースの治療の選択を促す好著だ。医療データ分析の専門家である津川友介氏、抗がん剤の権威の勝俣範之氏、がんの新薬研究に携わる大須賀覚氏による共著を読んだとき、私は「ずいぶん過激な題名を付けたな」と驚いた。

 まともな専門家ほど、著書には穏当なタイトルをつけるものだ。「最高」という枕詞は同じ村の住民から「軽々しく言いすぎ」と批判されるリスクを伴う。

 なぜそこまで踏み込んだのか、答えは巻末にある。「おわりに」の見出しはずばり「この本は『情報のワクチン』である」。虚偽の情報や似非医者に騙され、悪徳療法やトンデモ医療に患者が食い物にされるのを食い止めたいという著者3人の意気込みが表れている。

 本書は徹頭徹尾、エビデンスを武器に展開される。標準治療がどれほど「狭き門」をくぐって決まるのか。

 効果があるとうたう食事やサプリメント、代替治療はどれほどエビデンスが欠けているのか。信頼できる医療情報と医者をどう見極めるのか。データにデータを重ね、「標準治療以外は効果が立証されていないから保険適用外なのだ」と説く。エビデンスをもって陰謀論をどう撃破するかという視点でも、読み物として面白い。

 何より「情報のワクチン」としての効用は計り知れない価値がある。本書内には「教育レベルや収入が高い人ほど、怪しいがん治療法にだまされやすい」という皮肉な事実が紹介される。

 自力で集めた情報を過大評価し、高額な治療費を払えるがゆえに「普通では受けられない特別な治療法」を選んでしまうのだ。金融詐欺でも「自分だけがアクセスできる商品なのだ」と詐欺商法にひっかかる、同じような構図がある。

 巷には「標準治療ではがんは治らない」「抗がん剤を使うと寿命が縮む」といった不安を煽る本があふれている。がんと分かると、家族や親せき、知人・友人がそうした代替療法を勧めてきて、患者の負担になるケースも多い。がんになる前に、そうしたノイズに惑わされない「情報のワクチン」を摂取しておいてはどうだろうか。

漫画インベスターZ 19巻P30『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク
漫画インベスターZ 19巻P31『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク