三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから紐解く連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第138回は「保険を安くしたい」と考える人がまず調べるべきことを指南する。
保険の営業トークがうさん臭いワケ
生保レディの安ヶ平真知子の営業トークを、主人公・財前孝史の父孝彦は「非常に胡散臭い」と切り捨て、公的な社会保障制度を勘定に入れずに不安を煽る手法に異議を唱える。真知子はなお食い下がり、反論を重ねる孝彦と激論を交わす。
保険の営業トークについて「非常に胡散臭い」と言い切る財前の父に、残念ながら、私も賛同する。そしてそれは宿命的なものなのだろうと思う。なぜなら、保険ビジネスのマーケティングは本質的に「不安を煽る」ことから離れられないからだ。
生命保険、医療保険、火災保険、地震保険、自動車やバイクの任意保険まで、保険はすべて「起きてほしくないこと」に備える商品だ。
普通のモノやサービスなら、利便性や魅力を訴えれば販売は伸びる。保険はそうしたポジティブな感情に訴えるのは難しく、せいぜい不安をひっくり返して「安心」と言い換えることくらいしかできない。
さらに、その不安自体があやふやなものだ。不安の最大の要因は不確実な未来そのもの、たとえば不慮の死や病気、事故などだ。だが、多くの場合、その不安は「無知」というファクターで増幅されている。
保険が絡む問題なら、典型例は作中で財前の父が指摘する高額療養費制度や遺族年金だろう。今はネットでいくらでも情報が取れるので、検索すれば概要はすぐ分かる。だが、ほとんどの人は難しそう、面倒だと尻込みし、ひと手間を惜しむ。
たとえば遺族基礎年金や遺族厚生年金について、自分の家族は受給資格があるか、いつまで、いくらぐらい支給されるか、大雑把にでも把握しているだろうか。確信が持てない人は一度調べてみるといい。特に公務員や会社員の場合、意外なほど手厚い保障があるのに気づくだろう。
「年金が破綻する」は本当か?
エラそうなことを書いているが、私自身、この辺りをきっちりと調べたのは20代後半で長女が生まれた後だった。勤務先だった日本経済新聞社の社内制度を含めて状況を把握して、足りない分を保険で埋めようと考えたからだ。その結果、前回の当コラムで書いたように最小限の収入保障保険を選んだ。
ついでに財前の父への反論として安ケ平真知子が挙げる「国の年金なんていつ破綻するかわかりませんわよ!」というよく見かける主張について考え方を整理しておこう。
まず大原則として、公的年金制度の命運は日本経済と一蓮托生だ。公的年金が機能不全に陥るかどうかは、日本経済が今後もうまく回るかどうかにかかっている。年金だけ取り出して考えてもあまり意味はない。
「年金が破綻する」という言説は「年金制度を維持できないほど日本が没落する」と言っているに等しい。だとしたら、年金ではなく、日本そのものや通貨円の価値を心配をした方がいい。
日本経済が曲りなりにも回り続けると考えるなら、年金が「破綻」する確率は限りなく小さい。5年に1度、経済状況をチェックして破綻しないようにバランスをとる仕組みが取り入れられているからだ。その調整の結果、年金が思っていたよりは頼りにならない存在になるリスクはあるが、それを「破綻」と呼ぶのは無理がある。
「公的年金は危ない」といった断定的な物言いで金融商品や運用サービスを勧める言説を見かけたら、それは不安を煽る不誠実なビジネスであり、その時点で「そっちの方が危ない」と判断して差し支えない。