「仕事=私」というマインドは、人生に深刻な影響を及ぼす可能性がある。こう指摘するのは、マッキンゼー出身で、ウェルビーイング研究の第一人者ブラッド・スタルバーグだ。米国で大きな話題を呼んだスタルバーグの最新刊『Master of Change 変わりつづける人:最新研究が実証する最強の生存戦略』が日本に上陸した。この本が指摘するのは、人生を消耗させる「思考の癖」だ。この記事では、本書の内容をベースに「自分らしさを失わず、仕事と私生活の調和を図る方法」を紹介する。(構成/ダイヤモンド社書籍編集局)

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「仕事に全てを懸ける」は長続きしない

「この仕事に自分の全てを懸ける」──そう思って働くことは、情熱的で意義のある生き方に思える。しかし、そのマインドセットは本当に持続的だろうか?

 この疑問に鋭く切り込むのが、ウェルビーイング研究の第一人者ブラッド・スタルバーグだ。

 新刊『Master of Change 変わりつづける人:最新研究が実証する最強の生存戦略』では、仕事をアイデンティティの中心に据え続けることのリスクを指摘している。

 何かに打ち込むあまり、それをアイデンティティと混同すると、不安うつ病燃え尽き症候群に陥りやすくなることは、膨大な数の研究結果からも証明されている。
 

(中略)このようなことはあらゆる職業や人生において起きる。何かの分野で一流になってそれを極めたいと思ったら、とことんやるしかない。だが、それでもある程度までだ。

 

 自分のアイデンティティを一つの概念や試み──若さ、鏡に映る自分、人間関係、キャリアなど、何であれ──にはめ込んでしまうと、状況が変わった時にかなりの精神的な苦痛を味わうだろう。好むと好まざるとにかかわらず、状況は常に変化するのだから。

 

──『Master of Change 変わりつづける人:最新研究が実証する最強の生存戦略』より

 例えば、仕事を生活のすべてと考え、ビジネスの成功や昇進を唯一の目標にすると、思うような結果が得られなかったときに自信を喪失し、精神的な落ち込みに陥る可能性が高まる。

 特に、長時間労働が当たり前になっている環境では、仕事と自己を同一視しやすくなり、「仕事がうまくいかない=自分に価値がない」と考えてしまいがちだ。

 また、仕事への過剰な執着は人間関係にも悪影響を及ぼす。仕事を優先しすぎることで、家族や友人との時間を犠牲にしてしまい、気づいたときには孤独を感じるようになるケースも少なくない。

逆境に強い人の1つの特徴

 では、どのようにすれば「私=仕事」という考え方から抜け出し、よりバランスの取れた人生を送ることができるのだろうか。

 本書の中では、スウェーデンのスピードスケート選手、ニルス・ファンデルプールのエピソードを紹介している。

 ファンデルプールは2022年の北京オリンピックで2つの金メダルを獲得した世界トップのスケート選手だ。彼は10代の頃は、生活のすべてをスケートに捧げていた。

「10代のぼくにはスポーツがすべてだったけど、良いことではないと思う」と彼は言う。

 

 トレーニングと競技会で成果が出ると有頂天になった。だが、練習でうまくできなかったといった些細なことで自信をなくし、悪循環に陥ることもあった。分野を問わず、野心的な人はみな激しい感情の起伏に耐えなければならない。

 

 感情に振りまわされる日々を2年ほど過ごしたあと、ファンデルプールはこんなトレーニング方法

は持続可能ではないし、生活にも支障を来すと判断した。

 

 スピードスケートだけで生きていけるわけがない。彼のアイデンティティは競技と一体化していたが、すべてをスポーツに捧げることはできなかった。

 

 そんなわけで、20代前半にしてファンデルプールはスポーツ以外の生活を築くことに重きを置き始めた。スケートとは無縁の友人たちと出かけてピザとビールで楽しんだり、トレーニングとは関係のない本を読んだりした。

 

 皮肉なことに、こうした活動は氷上でのパフォーマンスを低下させるどころか、新たな活力となった。

 

「スピードスケートの競技会以外の生活に意味と価値を見出したおかげもあって、タフなトレーニング期間を乗り越えられた」と彼は綴り、こう続ける。

 

「トレーニングがうまくいかない時でも、人生の他の何かがうまくいっていて、それに元気づけられた」

 

──『Master of Change 変わりつづける人:最新研究が実証する最強の生存戦略』より

 ファンデルプールは、柔軟なアイデンティティを持つことで、困難な状況を乗り越えることができた。

 第一に、仕事以外の活動にも意識的に時間を割くことが重要だろう。

 趣味やスポーツなど、仕事とは異なる分野での充実感を得ることで、自分のアイデンティティを多面的に捉えることができる。

 第二に、人間関係を大切にすることも、仕事中心の人生から脱却する大きな手助けとなるはずだ。

 家族や友人と定期的に時間を過ごし、仕事以外のつながりを持つことで、人生に多様な支えを持つことができる。

仕事だけが人生ではない

 本書は、執着を捨て、「変わること」を前向きに捉えるためのヒントが詰まった1冊だ。

 本書のメッセージの一つは、「変化を受け入れ、それに適応できる人が強い」ということだ。キャリアは変わるもの。仕事の成功や失敗に一喜一憂せず、「私は○○の仕事をしているが、それだけではない」と考えることで、精神的なしなやかさが生まれる。

 仕事に全力を注ぐことは素晴らしいが、それだけが人生ではない。柔軟なアイデンティティを持つことで、どんな状況でも前向きに生きられる。本書は、そのための実践的なガイドとなるはずだ。

 あなたの人生を、仕事だけではなく、もっと多面的に楽しむために。ぜひ本書を手に取ってみてほしい。

※本稿は『Master of Change 変わりつづける人:最新研究が実証する最強の生存戦略』の内容を一部抜粋・編集したものです。