「名刺を持たなくなった自分」に
どんな思いを抱くか
実際、私がこれまでに出会った元会社員たちも、名刺についてさまざまな思いを口にしています。
リストラする立場の後に百貨店を退職した元店長は、「名刺を持たずにビジネス街を歩く自分が許せなかった」と語り、損害保険会社の管理職から独立した人は、「会社員時代の肩書きがいっぱいある名刺よりも、個人と個人で交換する今の名刺のほうが大切に感じます」と語りました。
また、外資系の自動車販売会社の管理職からギタリストに転じた人は、自分の出発点であるストリート演奏にこだわり、こんな胸の内を私に明かしてくれました。
「以前は、企業の名刺やそこに書かれた肩書きがあって初めて自分を認めてもらえました。だけど今は、何者ともわからない自分の演奏に人が足を止め、音楽を聴いてくれる。その人たちからいただく投げ銭は重いですよ」
もちろん、名刺が会社員としての立場をコンパクトに説明する優れたツールであることに間違いありません。ただし、名刺に記載された役職や肩書に頼り過ぎたまま定年を迎えると、次のステップへの切り替えが難しくなります。退職後は自分自身の持ち味で過ごすことが求められるからです。
定年を過ぎると、周囲の人が見るのはキャリアでも肩書きでもなく、まずは「顔つき」です。もちろん美男美女という意味ではなくて、大切なのは、「感じの良い顔」です。「いい顔」は人とのつながりや、チャンスを呼び込みます。個々人の最大公約数の「いい顔」は笑顔でしょう。
ビジネスパーソンの皆さんには、組織名や肩書きよりも、自分自身の「いい顔」を作り育てることを、現役の時から検討してほしいと思っています。スーツや制服を脱いだ後には、「顔つき」は何よりも実のある名刺になるはずなのですから。
(構成/フリーライター 友清 哲)