「生き方や感情は顔つきに現れる」と言う著述家の楠木新さん。多くの人を取材し、さまざまな「顔」に接してきた経験から、いつしか「顔の研究」がライフワークになったと言います。連載『豊かな人生を送る「いい顔」の作り方』第5回は、最近話題の生成AIが創り出す「顔」の功罪にアプローチします。
生成AIによる
「顔」の再現はありなのか
この夏、ファストフード大手のマクドナルドが公式X(旧Twitter)上にアップしたCM動画が物議を醸した騒ぎは、記憶に新しいのではないでしょうか。
看板商品である「マックフライポテト」のキャンペーンに合わせて、生成AIが創り出した架空の女性が次々に登場するものですが、この動画について視聴者から「不自然」「気持ち悪い」とネガティブな感想が寄せられました。
そもそもこうした人工的な実写キャラクターには、「不気味の谷」を越えられるかどうかという問題が付き物。「不気味の谷」とは、ロボットやAIなどが創り出す人工造形が、人間に似せようとすればするほど、その過程で嫌悪感を生むラインがある現象を指す言葉です。
今回のマクドナルドの動画は、長らく“顔”について関心を抱いてきた私にとっては興味深い事例でした。 一定以上のリアリティを伴う「顔」だったからこそ起こった、この騒ぎ。しかし個人的に思うのは、マクドナルドの動画が虎の尾を踏んだのは、リアルな顔を持ち出した点でなく「食べる」という人間の根源的な所作に踏み込んだ点にあるのではないかと考えています。
実際の人間と見間違うような女性たちですが、やはり生身の人間ではないと思っている。その存在が、食事という人の生存本能に基づいた行動をしていると想起させたからだと考えるのです。
「食べる」という行為は、口内の粘膜を使い、咀嚼するなど、極めて人間的な所作が集積されています。この行為を生成AIが行うことを想像したからこそ、しっくりしない感じが生じたのでしょう。
単に実在の女性が次々に登場するだけなら、批判に晒されることはなかった。またアニメの少女がマックフライポテトを食べるシーンが流れても、違和感は生じない。なまじAIによって作成されたリアルな顔が、生きている人の領域に踏み込んだことこそが、この騒ぎの問題だと私は感じました。
今後、さらに技術的にも精度的にも生成AIが向上、進歩した時にはどうなるのでしょうか?