
三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから紐解く連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第168回は、企業の「時価総額」が持つ意味を解説する。
時価総額が上がるメリットって?
主人公・財前孝史と藤田家の御曹司・慎司は投資部の行方を賭けた三番勝負の決戦に臨む。最終戦は上場企業の時価総額争奪戦ゲーム。サイコロで勝てば銘柄を選べるルールで、最終的に合計額が100兆円に近い方が勝利者となるという。
時価総額は「株価×発行済み株式数」で計算できる。理論上、今の株価ですべての株式を買い上げてしまえば、その企業はあなたのものになる。だから時価総額は「会社の値段」と言って差し支えない。
作品連載時の2016年12月時点で東証一部上場2000社の時価総額合計は約560兆円だった(作中では500兆円と丸めてある)。「東証プライム」となって連続性が失われてしまったが、足元の時価総額は950兆円程度まで拡大している。
8年ほどでニッポン株式会社の値段は7割も値上がりしたわけだ。もっとも、この間に円相場は1ドル110円台後半から150円前後まで急落している。ドル建ての時価総額の増加率は3割強と「嬉しさ半分」にとどまる。
時価総額は大きいほど企業にとって良いように思えるが、実際には株価上昇で時価総額が増えても直接的なメリットは企業にはない。株式を持っている投資家がもうかるだけで、企業には1円も入らないからだ。
株式市場の売買のほとんどはいわば「転売」だ。すでに株式を持っている投資家が売り手になり、新たな株式を持ちたい投資家が買い手になる。自社株買いは例外として、このお金の流れの中に企業の姿はない。
企業が株式発行を伴う資金調達、いわゆるエクイティファイナンスをやれば、株価の高さが生きる。ただ、手元資金が豊富な企業はエクイティファイナンスを利用しないので、やはり株価が高いことのメリットは生じにくい。
もしトヨタの時価総額が「10分の1」になったら…

こうした事実をもって「株式投資は企業への『推し活』だ」という考え方を否定する論者がいる。転売で利益を上げるのが株式投資の目的であって、応援とは綺麗ごとに過ぎないというわけだ。
この転売説は、筋が通っているように聞こえるが、実は理解が浅く、間違っている。あなたが株式を買い、株価が上がり、時価総額が増えることは、ちゃんと企業の応援になる。
「推し活」効果がもっともクリアになる場面がM&A(合併・買収)だ。時価総額が大きい企業は自社株を「買収通貨」として使い、株式交換方式でM&Aを有利に進められる。その裏返しで、時価総額が小さい企業は買収されるリスクが高まる。
思考実験をすれば時価総額の変化のインパクトは明白だ。たとえば日本最大のトヨタ自動車の時価総額は43兆円ほど。これが10分の1になればすぐさま買収合戦が起きるだろう。逆に10倍の430兆円だったら、理論上は米テスラの買収すら視野に入る「買い余力」が生じる。
小口の投資家であろうが、「買い」は株価を押し上げる効果があるし、保有継続という選択も市場の需給を引き締め、株価を維持する役割を果たす。投資というと売り買いに目が行きがちだが、最も期間が長いコミットメントは「保有」のはずだ。長期保有目的で企業の株主になることは、ちゃんと「推し活」になる。
この問題は私のnote「投資のススメ ピケティの向こう側」で詳しく論考しているのでご興味があればご一読を。

