いざ対話が始まっても、相手が言ったことの意味を理解し把握する前にポンポンと次の言葉が出てくるから結局何が言いたいのかわからない。ひとつの話題が別の話題に展開しても、前の話題が何なのかを把握するのに手いっぱいで、新たな話題が何なのかの把握が追い付かない。

 こうなるとグループの雑談など完全にアウトで、いまみんなが何の話題で話しているのかも把握できず、どうして笑っているのかもわからない。文字通り、場の空気が読めない。日本語で対話しているのに、まるで使い慣れない第二、第三言語で専門的な話をされているように感じるのだった。

 なお、こうした時の当事者は、脳内では必死に周囲についていこうと全力全開であるにもかかわらず、周囲からすれば「反応が鈍くてボケっとしている」「固まっている」ように見えるらしいのが皮肉だが、瑞葉さんが得意としていた顧客に対する臨機応変のジャストアイディアが出なくなったのは、まさにこれだろう。

把握・判断のスピードも鈍り
顧客との対話に支障をきたす

 そもそも対話の速度についていけず、「相槌」すら適切なものが咄嗟に出てこない。顧客の希望を咄嗟に把握判断し、口頭の希望を頭の中で具体的にイメージできない。こちらの提示する案と顧客のリアクションの差異も咄嗟に把握判断できなければ、当然気の利いた対案を出すどころじゃない。これじゃ、何のために顧客を前にヒアリングしているのかわからない。

 それを得意としていた瑞葉さんだからこその喪失感と絶望が、痛いほどわかる。

 さらに、不自由な脳の当事者が働く上で大きなハードルとなるこの「現況把握の困難」には、情報処理速度の低下からくるその場の咄嗟の把握力喪失だけではなく、「中長期にわたる業務上の現況把握の困難」という別のバージョンもある。

 それによってもたらされるのが「自己判断・自己決定力・主体性の喪失」。背景になる症状は主に記憶機能の低下だ。

案件を請けるか請けないかを
問われることが恐怖だった

 繰り返すが、瑞葉さんが最も強調したのは、社内で新規案件が発生した際に担当メンバーのチーム決めをする「担当会議」が難しいということだった。

 自分の抱えている様々な仕事の納期や周囲の人的リソースに加え、顧客要望や物件のタイプなど総合的に判断して、自身が案件を請けるべきなのか、請けられるのか請けられないのかを決定することができない。できるのかできないのかを問われることが「恐怖だった」と瑞葉さんは言った。

 正直、取材当時は彼女が何を言いたいのかがさっぱりわからなかったが、自身が当事者として当時の取材メモを見返した時、ここは特に瑞葉さんの気持ちがわかりすぎて、ちょっと涙が出そうになった。