というのも実は、僕自身にもほとんどトラウマのようになっている体験に、こんなものがあるからだ。
あれは障害当事者となって半年ぐらいの時期。僕は担当編集者との打ち合わせ電話中に、過換気発作(編集部注/不安や緊張などの精神的ストレスが原因で、息を激しく吸ったり吐いたりする過呼吸状態になること)に陥ってしまったことがあった。けれどその際、担当編集者が僕に話していたのは、単に「鈴木さん、最速で、次のミーティングはいつ頃できそうですか?」といった確認に過ぎなかったのだ。
パニックに至った背景症状は、こんなものだ。
実は、日々ワーキングメモリの機能が低下した中で生きている積み重ねなのか、僕にはいま自分が抱えている仕事には何と何があるのか、それぞれの仕事の進捗状況がどの程度で、完遂までどのぐらい時間が必要なのかといったことの把握が非常に曖昧にしかつかめないという症状がある。
いわば、「中長期にわたる業務上の現況把握の困難」。これは発症から9年経つ現在でも残存する困りごとのひとつなのだが、もちろん発症当時はこの把握を正確にするための対策もまだ全く取れていなかった。
ミーティングの日程を決めるだけなのに
自分の仕事量も把握できず混乱
担当編集者の問いに対して、僕は混乱に混乱を極めた。
まず、予定を問われても、答えられない。けれど、なぜ自分が自分の仕事ごときを把握できていないのかが、わからない。いま、目の前で書いている原稿の達成度なら、何とかギリギリ憶えている。だが目の前で進行していない仕事については、一体自分が何を抱えていて、それぞれがどれだけ進捗していて、完遂までそれぞれにどの程度の時間がかかりそうなのか、思い出そうにも霧の中で目を凝らすように、全く見通せないのだ。
だいたい次のミーティングまでに必要な作業、用意すべき素材って何だろう?
どの順番で進めれば素材が揃うんだろう?
作業の着手だって先行する仕事の締め切りをクリアしてからだけど、あれ? 他にヤバい締め切りなかったか?
わからない。わからない。

あの時正直に返せただろう返答としては「いまの作業が全部終わらないと答えられない」「スケジュールをそちらで決めてくれれば、とにかく間に合わせる」だろうか?
まとまらない判断要素と把握できていない現況が頭をグルグル回り、何よりもたかが「次のミーティングの日程を決めてほしい」にどうして返答できないのか、自分自身の混乱の理由がわからないことにさらなる混乱を極めた僕は、過換気の発作に陥ってしまったわけだ。
その後、どのようにして電話を切ったのかも、記憶から飛んでしまっている。たぶんガチャ切りだったのではないか……。