今はなにかと「生きづらさ」を感じる時代。しんどい現実を変えていくのは難しいですが、「捉え方」を変えてみたら、気持ちはスッとラクになります。
その方法を教えてくれるのが、書籍『不自由から学べること』です。12歳からの6年間を「修道院」で過ごした著者が、あらゆることが禁止された暮らしで身につけた「現実のしんどさがラクになる考え方」を紹介。悲観でも楽観でもない、現実に対するまったく新しい視点に、「気持ちが軽くなった」との声が寄せられています。この記事では本書より一部を抜粋・編集し、「神様が私たちに求める生き方」を紹介します。

神様からの「預かり物」
仕事を転々として、他者に奉仕するばかりの人生に迷いを感じていたとき、修道院で聞いたある話を思い出しました。
それは聖書にある「タラントン」についての話です。
タラントンは通貨の単位で、現代の「才能」や「能力」を指す言葉である「タレント」の語源となった言葉です。
聖書にあるその話では、主人の財産であるタラントンを、3人の僕(しもべ)が預かります。1タラントンは、今の日本円でいう6000万円ほどだと言われています。
3人の僕を、A、B、Cとしましょう。
主人は、Aには5タラントン(約3億円)を、Bには2タラントン(約1.2億円)を、そしてCには1タラントン(約6000万円)を預け、いつ帰るとも告げずに旅に出ました。
AとBは、そのタラントンを使って商売をして、それぞれ預かった額の倍に増やしました。しかしCは失敗や損失を恐れ、その預かった大金を土に埋めて保管し、何もせずにそっくりそのまま返しました。
帰ってきた主人は、3人になんと言ったか
すると、旅から帰ってきた主人はAとBの2人に言いました。
このように褒めました。
しかしCには、こう言って非難しました。
それなら、わたしの金を銀行に入れておくべきであった。そうしておけば、帰って来たとき、利息付きで返してもらえたのに。
自分の才能を使って、より多くの富として神様にお返しすることが大切である。
私はこのたとえ話を、こうとらえました。
「才能を使って奉仕せよ」と、神様は求めている
そして社会に出てからは、「Cのようにならない難しさ」を感じました。
社会には、人の挑戦を否定し、失敗を嘲笑う人も大勢います。
ですから失敗を恐れて、Cのように保守的に考える人は少なくないでしょう。
失敗するくらいなら、いっそ使わないで、そのまま返したほうがマシだと。
でも、それは神様が私たちに望んでおられることではないのです。
「自分のタラントン(才能)を精一杯に使わないことは愚かだ」
自分のために生きろ、ということではありません。
それがたとえ他人のためであっても、自分にできることで人に奉仕することを神様は望んでいるのです。
(本稿は、書籍『不自由から学べること』の内容を一部抜粋・編集して作成した記事です。書籍では他にも、「しんどい現実がラクになる考え方」を多数紹介しています。)