「ルールメイキング」の世界的な影響は難しくとも
「モデルメイキング」は日本は大きな可能性を持つ

外交面では、GAFAMを抱えるアメリカや、BATHが台頭する中国、豊富な天然資源を持つロシア、そして今後飛躍的な人口増加と経済発展が見込まれるアジアとアフリカ諸国とのやり取りが、EU加盟国にも日本にも求められている。
中東やアフリカ諸国から、レアメタルや石油等の枯渇性地下資源が輸入依存状態にあることも、EU加盟国と日本の双方の課題である。
また、国内に目を向けると、都市部への人口流入に地方の過疎化、少子高齢化の進行、そして経済的に既に成熟段階にあることも、共通して見られる現在の社会情勢だ。
2017年末に中国が廃プラスチックの受け入れ禁止を発表すると、他のアジア諸国もこれに連動し、結果として日本とEU加盟国が、これらの国々に引き取ってもらっていた廃プラスチックの行き場がなくなってしまったことは、記憶に新しいだろう。その後欧州では、プラスチックを代替素材にする動きがいっそう加速された。
このようにEU加盟国と日本は、多くの類似した課題に取り組む必要に迫られており、日本にとって有効な取り組みを模索する上で、EUで行われている政策は学びの多い対象であることが分かる。ただ、EUほどの市場規模がない日本が、同様の「ルールメイキング」において世界的な影響力を持つことは難しい。
一方で、他の国々も抱えている課題に対し、先駆けて好事例づくりを進める「モデルメイキング」では、日本には世界的影響をもたらす大きな可能性が残されている。
欧州でサーキュラーエコノミーという言葉が使用される遥か以前から、日本各地には代々築かれてきた資源循環を、経済効果や持続可能性に繋げる優れた仕組みが存在し、そうしたモデルには各国が抱えている課題へアプローチするヒントが豊富に含まれているからだ。
また、人口規模が小さいながら、オランダは現在、サーキュラーエコノミーの先進的なモデルメイキングで世界的な影響力を持っている。モデルメイキングの過程で培われた知的財産でのビジネスは、多くの人員と資源を要し人口規模に左右される大量生産・大量消費型の経済とは異なり、人口規模に頼らない経済活動が可能である。
つまり、人口減少を迎えている日本でも、オランダのような先進的なモデルづくりによって、人口規模に頼らない知的財産型の経済活動を進めていくことに、大きな可能性が秘められている。
「SDGs」へ表面的に取り組む日本
「サーキュラーエコノミー」への抜本的改革を進める欧州
世界的にサーキュラーエコノミーの関心度が高まっている理由には、いち早くサーキュラーエコノミーへ移行した企業やビジネスモデルが、環境への負荷を大幅に下げつつも、新たな利益創出やコストカットを実現しているという実績が大きいだろう。
例えば、オランダを代表するグローバル企業のフィリップスは、サーキュラーエコノミーの事業だけで既に全体収益の15%をあげていると言われている(※)。
※PHILIPS "2020 annual results" (最終閲覧2021/5/28)
欧州委員会からこの分野で初めての政策となる「サーキュラーエコノミー・パッケージ」が打ち出されたのが2015年であり、まだわずか数年しか経っていないことを考慮すると、いかに短期間にサーキュラーエコノミー事業が躍進しているかが分かる(もちろんフィリップスでは時代を見越して2015年より前から研究を進めていただろう)。
また、エレン・マッカーサー財団が率いる「CE100 Network」というイニシアティヴには、グーグルやアップル、ユニリーバ、イケアといったサーキュラーエコノミーへの移行を進めるグローバル企業が参画し、抜本的な改革に乗り出している。
パンデミック、医療崩壊、サプライチェーン不安定化の対策と
サーキュラーエコノミー推進は親和性が高い
欧州委員会は2020年5月に「復興計画に向けた基金案(The EU budget powering the recovery plan for Europe)」を公表した(※)。これは、新型コロナウイルスによる経済的打撃からの回復を試みるとともに、将来的なパンデミック対策としても位置づけられている。
※European Commision "Europe's moment: Repair and prepare for the next generation"(最終閲覧2021/5/28)
ここで注目すべきは、将来的なパンデミックに備える指針とサーキュラーエコノミーの推進が非常に親和的である点だ。
例えば、景気回復に7500億ユーロ(約90兆円)の予算が組まれることが公表され、そこではサステナビリティとデジタルを軸とする変革や、サーキュラーエコノミーの考えに基づく雇用創出、風力・太陽光等の再生可能エネルギーへのシフトに加え水素の研究開発に力を入れることが明記された。
復興計画が公表される一ヶ月前のオランダでは、計170名の大学教授や専門家、有識者らがあるマニフェストへの共同署名を行った。それは「次のパンデミックに備える5つの変革」という内容であり、こちらでも、GDP偏重型成長モデルの見直しや、再生可能エネルギーの導入促進、地産地消・サステナブルな農法の拡大、フェアな労働環境の構築等、サーキュラーエコノミーやドーナツ経済を推進する上で親和性の高い要求がされている。
また、今後のパンデミックに備えるために、医療機関でのサーキュラーエコノミー導入の必要性を指摘する意見もある。多くの犠牲者が発生してしまった理由の一つには人工呼吸器の不足があるが、現状、人工呼吸器の多くは故障した際に医療機関での修理やメンテナンスが難しい。そのため製造業者へ一度返品する必要があり、その間にも人工呼吸器の不足が原因で亡くなった患者が後を絶たなかった。
もし、私たちの社会にサーキュラーエコノミー政策の一環である「修理する権利」が浸透していたら、医療機器が故障したとしても現場で修理・メンテナンスを行い迅速に患者の元へ届けられ多くの命を救うことができたかもしれないのだ。
さらに、コロナによって世界中のサプライチェーンが不安定化したことで、資源やエネルギーが輸入依存状態にあるリスクが露呈した。
その結果、企業では、日頃から地域資源を循環させる体制を整えておく重要性が改めて認識された。前述したマッド・ジーンズのように、輸入資源に頼らずとも自分たちの社会で本来廃棄されてしまう資源を活用する、強固なビジネスモデルづくりが各地で進められている。
EU加盟国は、石油や石炭、天然ガスへの輸入依存状態からの脱却策として、自国内でつくり出すことができる再生可能エネルギーへの転換を進め、また、国内農家を支援することで食料の地産振興にも力を入れている。
(第5回へ続く)