ある児童養護施設で暮らす子どもたちの日常を描いたドキュメンタリー映画『大きな家』が、12月6日より順次公開されている。日本には、虐待、保護者の病気や死亡、保護者の精神的疾患や依存症、経済的に子の養育が困難などの理由で、社会的養護が必要な子どもが約4万2000人おり、その約半数は児童養護施設で暮らしている。施設で暮らす子どもたちは、基本的には18歳で退所し、そこからは自力で暮らしていく。同作は、施設で暮らす小学生から高校生までの10人の子どもたちの「当たり前の日常」を丁寧に記録した作品だ。作品の企画・プロデュースを手がけた齊藤工氏(俳優・斎藤工氏)と、監督の竹林亮氏が、企画の意図や作品に込めた思いなどを語った。(インタビュー/ダイヤモンド社 編集委員 長谷川幸光、文/奥田由意、撮影/堀哲平)
商業性とは無縁の作品
そのことで宿るものがある
――児童養護施設を対象としたドキュメンタリーは、一般的に深刻な内容になりがちで、「真剣に見なければ」という、ある種の気負いを見る側にも求められます。
でも本映画に登場する子どもたちは、もちろんいろいろな悩みは抱えていますが、基本的には等身大で元気ですし、映像も光の描写などが美しく、音楽も素敵で、映画全体的にポジティブな雰囲気を感じます。こうした方針は企画段階で意識されていたのでしょうか。
パリコレ等のモデル活動を経て、 2001年に俳優デビュー。映像制作にも積極的に携わり、初の長編監督作品『blank13』では、国内外の映画祭で8冠を獲得。HBOアジアのドラマ『フードロア:Life in a Box』(主演:安田顕)では、国際賞「Asian Academy Creative Awards 2020」で最優秀監督賞を受賞。劇場体験が難しい被災地や途上国の子どもたちに映画を届ける移動映画館「cinéma bird」の主催や、全国のミニシアターを俳優主導で支援するプラットフォーム「Mini Theater Park」や、撮影現場託児所プロジェクトの立ち上げ、白黒写真家など、活動は多岐に渡る。近年のおもな出演作に、映画『シン・ウルトラマン』、映画『基盤斬り』、Netflix『極悪女王』、TBS系「海に眠るダイヤモンド」など。
齊藤工(以下、齊藤) いえ、まったく意識していませんでした。映画的な「狙い」やロジカルな計画のないスタートでしたし、私自身は現場にほぼ立ち会っていないので、完成形がどのようなものになるかについてもノータッチでした。
ただ、年間で何千本という映画が公開されている中で、映画の商業的な側面へのカウンターとして、こうした、商業とは別の形での映画の成り立ちと届け方があってもいいのではないか、その点だけは当初から強く意識していました。
もちろんこの映画も、現在の映画産業の中の一作品ではありますが、製作側の誰ひとり、売上を目的としていないというのが、大きな特徴だと思います。
こうした、ある種、ピュアな作品が、ひとつぐらい劇場で上映されていてもいいのではないか、そのようなチャレンジも込めています。
――本映画は、配信もDVD化も行わず、劇場のみの公開ですね。
竹林亮(以下、竹林) 以前、ある中学校のあるクラスのできごとを撮影した『14歳の栞』という作品を製作したのですが、撮影している途中、ふと、考えたんです。
「この子たちが今後、進学したり、社会に出たりしたときに、同級生や同僚が『これ、おまえだろう』と言ってきたりしないだろうか」と。
つねに映像が配信されている状態というのは、見る側からすると便利ではありますが、あっという間にいろいろな情報が出回るということでもあります。今回も、子どもたちが将来、「出演しないほうがよかった」と思うような状況になるのは避けたいと考えました。
もちろん、ビジネスを考えたときに、収益的には劇場以外での配信やDVD化も行ったほうがいいに決まっているのですが、映画館でしか見られない映画があってもいいのではないか、と。それに、映画館でしか見られないぶん、実在の子どもたちの姿や生の声を、そこだけで見て、聞いて、感じることができる。その体験は特別なものになるはずです。
CM監督としてキャリアをスタートし、JICAの国際協力映像プロジェクトをはじめとしたさまざまなドキュメンタリー番組を手がけ、同時にミュージックビデオ、リモート演劇、映画等、活動範囲は多岐にわたる。2021年3月に公開した青春リアリティ映画『14歳の栞』は、1館からのスタートだったが、SNSで話題となり45都市まで拡大した。監督・共同脚本を務めた⻑編映画『MONDAYS/このタイムループ、上司に気づかせないと終わらない』(2022年公開)は、第32回日本映画批評家大賞にて、新人監督賞・編集賞を受賞。同作は、シッチェスカタロニア国際映画祭ニュービジョンズ部門にノミネート、ヴヴェイ・ファニー国際映画祭でグランプリを受賞するなど、国際的な評価を得ている。
――「そこだけでしか見られない」というのは、本来の映画の在り方を思い出させてくれる気がします。
試写会でも、子どもたちのプライバシー保護や表現などについてのお願いの紙が配られていました。観客を絞って直接、劇場で鑑賞してもらうことで、一般の映画やドキュメンタリー作品では難しい、こうした「直接的なお願い」が可能なのかと、なるほどと思いました。
竹林 『14歳の栞』の上映時、出演者が特定されることはしないでほしい、SNS上でネガティブな発信をしないでほしい、といったお願いを、映画の冒頭と最後で流しました。劇場ではお願いを書いた紙も配りました。
『14歳の栞』は公開して今、4年目ですが、見に来てくださった方々は、そうしたお願いを守ってくださっています。そこで、映画を直接見に来てくださる方々への信頼というものが、私の中で育まれました。観客の皆さんが映画製作チームの一員になってくださっている感覚です。
それに、映画館でしか見られないので、その思い出や体験が印象に残り、再び映画館に足を運んでくださる方も多くいらっしゃるんです。
そのため、本作『大きな家』でも、そのスタンスを守りたいと考えました。配信やDVD化を行わず、見てくださる方々がお願いを守ってくだされば、これまでなかなか外部に伝えられなかった、児童養護施設で暮らす子どもたちの「生の声」や「日常」を描くことができる。それで今回、この形で公開することにしました。
――映画では、「子どもたちがなぜ児童養護施設に来ることになったのか」という経緯や背景には一切、触れていませんね。映画を見ているときは気になりましたが、見終わった後は、不思議とそこは気にならなくなっていました。そのあたり、何か意図はあるのでしょうか。