補聴器に手を当てながら判決に聞き入る上田美由紀氏(中央)のスケッチ Photo:JIJI
2009年に鳥取県で男性2人を睡眠薬で眠らせて溺死させた「鳥取連続不審死事件」を覚えているだろうか。男性たちの心を翻弄して死に至らしめた上田美由紀は、冤罪を訴えながらも2023年に獄死した。多くの死刑囚と面会を重ねたジャーナリストが、取材を通して見えてきた彼女の素顔を語る。※本稿は、ノンフィクションライターの片岡 健『実録 死刑囚26人の素顔』(宝島社)の一部を抜粋・編集したものです。
心の闇の深さを感じた
「西の毒婦」が獄死
法務省は2023年1月15日、広島拘置所で死刑囚の上田美由紀(当時49)が前日夕方に食事をのどに詰まらせ、窒息死したことを発表した。
私はネットでその第一報に触れた時、少し驚いたが、意外性は感じなかった。予兆めいたものがあったからだ。
美由紀は月刊誌『紙の爆弾』(鹿砦社)で「広島拘置所より…」という連載を持っており、獄中生活の当たり障りが無い話を書いていた。
だが、死ぬ少し前から休載が増え、以前はこの連載で書かなかった冤罪の主張を書くようになるなど異変がみられた。裁判で死刑が確定して5年余り。複数の持病もあったそうだが、いつ執行されるかわからない死刑への恐怖などから心も弱っていたのだろう。
私は美由紀が裁判中に2年ほど、当時の収容先である松江刑務所まで面会に通い、文通もしていた。改めて振り返ると、私が会った26人の死刑囚の中で美由紀は誰よりも心の闇の深さを感じる人物だった。取材の記録をここで紐解いてみたい。







