どうやって部下とチームを育てればいいのか? 多くのリーダー・管理職が悩んでいます。パワハラのそしりを受けないように、そして、部下の主体性を損ねるリスクを避けるために、一方的に「指示・教示」するスタイルを避ける傾向が強まっています。そして、言葉を選び、トーンに配慮し、そっと「アドバイス」するスタイルを採用する人が増えていますが、それも思ったような効果を得られず悩んでいるのです。そんな管理職の悩みを受け止めてきた企業研修講師の小倉広氏は、「どんなに丁寧なアドバイスも、部下否定にすぎない」と、その原因を指摘。そのうえで、心理学・カウンセリングの知見を踏まえながら、部下の自発的な成長を促すコミュニケーション・スキルを解説したのが、『優れたリーダーはアドバイスしない』(ダイヤモンド社)という書籍です。本連載では、同書から抜粋・編集しながら、「アドバイス」することなく、部下とチームを成長へと導くマネジメント手法を紹介してまいります。

アドバイスで「相手」を変えることはできない
私は、「アドバイスの99%は逆効果」と考えています。
中には、部下に「正解」を教えてあげなければという思いで、ガンガン、アドバイスをしている人もいるかもしれません。
一方、「私はそんなにアドバイスはしません。部下との会話のせいぜい1~2割くらいでしょうか。残りはしっかり傾聴しています……」という人もいるでしょう。
しかし、私に言わせれば、どちらも大差ありません。そして、アドバイスで相手を変えることは不可能です。
これは「道徳」ではなく「科学」です。つまり、私は道徳的な意味で「いい人になりましょう」と言っているのではありません。アドバイスは「科学的に効果がない」と言っているのです。
アドバイスは「量の加減」の問題ではありません。
アドバイスしまくっていようが、少しだけ(全体の1割程度)だろうが、いずれも効果がないのです。なぜならば、それがわずかでも相手の「反発」と「無気力」を生み出してしまうからです。
もちろん僕は、「あらゆる場面でアドバイスが100%効果がない」と言っているのではありません。効果がある場面“も”あるのです。
しかし、そのためには二重、三重に条件が必要です。ですから、よほど限られた場面でない限りアドバイスは効果がない。それくらいに思っておく方がいい、とお伝えしたいのです。
親しい経営者との会食での「痛恨の失敗」
それがよくわかる、私のちょっとした失敗談をお伝えします。
年に何度か近況を交換する、僕よりひとまわり年下の経営者との食事会でのできごとです。仮に彼の名をA社長としましょう。彼は設立15年、従業員数50名ほどの中堅企業の創業経営者です。その会社は小さいとはいえ業界では名が知れ、マスコミから何度も取材されるような素晴らしい会社です。
A社長はありがたいことに私のことを尊敬していると周囲に公言し、5年以上前から年に数回ある私との会食を楽しみにしてくれています。
話は互いの近況共有から始まり、自然に悩み相談へと移っていきます。経営者は孤独だとよく言われます。彼も常に社員の前で前向きに振る舞っていて、ネガティブを口にすることはありません。だからこそ、利害関係のない私に本音を漏らしてくれるのです。
これまでの5年間、私は彼の相談に対してアドバイスを控えていました。
立派な会社を現在も経営している彼と比べて、私が経営しているのは所属人数わずか一人の個人事務所です。かつて、10年間にわたって30名ほどの企業を経営していたとはいえ、現在は組織の苦労がほぼない気楽な身分の私が、今も苦労をしている彼にアドバイスするなんて「おこがましい」と思ったからです。
しかし、その晩、私はついうっかりとアドバイスをしてしまいました。
内容は、ある社員の退職に関する労務問題です。
中小企業の経営者の悩みのほとんどは“人”です。A社長もご多分に漏れず、創業から長年苦労をともにした幹部の退職が労務問題化していることで、二重三重に心を痛めていました。
私はそんな彼の苦しそうな表情を見ているのがつらかった。しかも、その悩みは私がかつて経験したものと同じ内容であり、彼が取ろうとしている対応がやがて別の問題を引き起こしてしまいかねない危険性をはらんでいました。
私は心の中で葛藤しました。
アドバイスをすることは、尊敬する彼の努力を否定することになる。しかも、そのアドバイスがどんなに正しく役に立つものであっても、おそらくは効果がない。だからこそ、これまで彼と話した数十回の場面で私は一度もアドバイスをしなかった。ただ彼の話を傾聴し、共感し、尊敬の念を伝えるだけだったのです。
“善意”と“油断”が生み出す「過ち」
しかし、そのとき、私は「アドバイスをしたい」と思いました。
このままでは、彼が法的に間違った対応をしてさらに苦しむ羽目になる。今回だけはアドバイスをすべきではないか。
それに……。過去の蓄積で「彼との信頼関係は盤石である」との思いもありました。しかも、彼から「小倉先生を尊敬しています」と伝えられていた仲です。「少しくらいならば大丈夫かも……」。私の中にちょっとした油断が芽生えました。
「否定にならないよう、控えめに伝えればわかってくれる。知らん顔はむしろ不誠実だ。彼のためにも、ここはアドバイスをしなければ……」
そんな言い訳めいた思いから、思わずアドバイスを口走ってしまったのです。